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原子の誕生  日本の歴史
 


Ⅰ 太陽系の誕生
私たちの太陽系誕生は、その宇宙誕生から約100億年後。
 即ち46億年前、私たちの太陽系は、宇宙のちりを集めて作られたとおもわれる。
 ○ 46億年前にはすでに様々な元素が存在していたことが判明したのだ。
 アメリカ カーネギー研究所で、分析の結果、シリコン、鉄、ニッケル、炭素、等の元素があった。
 ちりの形や含まれる元素の性質によって、隕石は、30個以上の様々な大きさの星のかけらの集まりであることが解った。
 これによって46億年前には、すでに様々な元素が存在していたことが判明した。
 太陽系を作り出したチリが隕石の中に閉じこめられていた。私たちの太陽系は、宇宙のちりを集めて作られたとおもわれる
・・・・・・と、考えて振りかえれば・・・・、私の命は100億67歳2010年現在?!・・・と言うことになるのかな??
 お互いに、大した年齢の差はないね?!?
 血液の主成分は赤血球だ。 赤血球のヘモグロビンは鉄でできている。
 歯がもろくなって、入れ歯の歳になった。歯の主成分はカルシュウム
(Ca)だ。
 いずれも間違いなく46億年以前に造られたものである。 ・・・・!
お互いに、
46億年前  地球誕生。誕生当時は、現在の地球の10分の一の大きさ。水星・金星・地球・火星の惑星の範囲に、小さな惑星が20以上存在した。1000万年の間回っていたが、その後衝突を繰り返す。
   ・水星→ 1~2個の惑星の衝突
   ・金星→ 8個前後が合体
   ・地球→ およそ10個の惑星が衝突して今日の大きさになる。
   ・火星→ 一度も経験していない、ミニ惑星の生き残りと考えられている。
注:○ 太陽系の研究・・ 林忠四郎博士    
 
太陽系には、岩石でできた惑星と木星や土星のようにガス体でできた惑星がある。このように二種類の異なった惑星で構成される太陽系。その成り立ちを説明することは当時誰も成し遂げていない難問であった。
 1970年から15年かけて太陽系の世界一厳密な太陽系の形成モデルを作り上げた。これは「京都モデル」と呼ばれその後のあらゆる太陽系研究の基礎となった。
 「京都モデル」は、太陽系の成り立ちを太陽の周りにできた円盤によって説明するものであった。
 46億年前、ガスとちりでできた円盤が太陽の周りを回り始める。
 博士はこの円盤の質量を、太陽のおよそ百分の一と計算した。塵は太陽の周囲を回りながら互いに衝突と合体をくり返し、微惑星と呼ぶ小さな天体となる。
 この微惑星がおよそ百億個ほど集まり、現在のような惑星ができあがったのである。
 ハワイ マウナケア山の標高4,200mに日本の国立天文台「すばる望遠鏡」がある。
 口径8.2m世界最大の一枚鏡を使った反射望遠鏡。
  2004年4月  ぎょしゃ座 AB星に、誕生した太陽系と同じモデルの星を発見した。
「京都モデル」で示した円盤が確認されたのである。
同天文台の田村元秀博士は、更に、こんどは地球と似た惑星の発見を求めている。
  第二の地球探しである。
   43億7000万年前~42億年まえ    プレートテクニクス開始・・上昇するマントル対流が海洋プレートに裂け目を造った。大陸プレートより重い海洋プレート               はその下に沈み込んでいく。また、山の岩石が溶け込んで細かい粒子状になって海に溶け込んで、超酸性の海が中和さ               れ始めた。
43億年前  生物の誕生の可能性が確認された。
   40億年前



 糖の生成:
 プシコースという希少糖はズイナという植物が他の植物を寄せ付けないために利用している。根元に他の種類の草が生えない。
  巨大隕石の衝突。
 地核津波が発生し、海水は蒸発。隕石の運動エネルギーが熱に変わる 6000℃=太陽表面と同じ温度で、海水は蒸気に変わる。高温は岩石も蒸発させる。
 沸騰し蒸発し、岩石蒸気となる。熱は、クレーターの周囲に伝わって行く。岩石蒸気は、一気にあらゆる方向に広がって行く。
 山脈にも達し、雪の水もまもなく蒸発。ジャングルは火の海と化す。
 衝突から一日で、地球全面を覆い隠す。およそ一年近く地球の表面を熱が覆う。
 落下地点の海面は泡立ち、沸騰し、一分間に5cm干上がって行く、塩が残るがこれも蒸発した。

 1ヶ月後、地球上の海に水はなくなる。4,000mの海もない。全海洋蒸発。海には、数千mの塩の結晶。
 1000年後、豪雨が降り続く。そして再び海が蘇る。アルカリ性の海。
 この海の熱水噴出口の中で、一酸化炭素やメタンの分子が漂っていた。
 多様な有機物が次々とつくられた。ホルムアルデヒドもつくられた。
 糖の祖先だったホルムアルデヒドからホルモースがつくられた
(2013.2実験で検証されて発表)
 そこから、順々に、マンノース、アラビノース、ソルボース、グロース、・・・、ブドウ糖等50種類以上の糖がつくられることになった
(現在の地球上では、ソルボースやエリスルロースなどは無い。ブドウ糖が99.9%を占めている)












38億年前  38億年前の岩石から化石により確認。海水中にバクテリアとらん藻が発生。1mmの百分の一の大きさのバクテリア。    
 (35億年前  現存する最古の生命の遺物。細菌とよく似た形。)
35億年前  このあたりで、生命誕生?の説だった。(今、生命5000万種類)
  
○ この頃の一日の長さ、約6時間。
  ○ 硫化水素をエネルギーにする微生物。海底火山に生息。
     95℃の温泉水の中に今も生存。
  ○ 酸素・オゾン層が無く、紫外線が強い二酸化炭素ガスの環境。
29億年前  このあたりで光合成生物:らん藻類・・・酸素を取り込み炭酸ガスを放出。
27億年前  ミトコンドリア、この時点ですでに存在。 
26.5±2億年前   日光を利用して、光合成をするシアノバクテリア誕生。→ 酸素大量生成。
 現在の酸素量の100分の一位になる。
 24億年前   ストロマトライトにより、酸素量が増加する。
 酸素は、それまで生息していた生物には有害であったが、原核生物の中に酸素を呼吸に使えるものがいたようで、それと共生する形で真核細胞
(12億年前)が誕生した。これらは菌類(15億年前)になった。
 運動能力を取り込んだものは動物(6億年前)になった。シアノバクテリアを取り込んだものは、植物になり酸素を吐き出した。
20億年前  酸素を利用する微生物の誕生。運動能力を持つ。
 酸素を利用すると、同じものからおよそ20倍のエネルギーを取り出すことが可能。→ ミトコンドリア、動物の細胞内に侵入・共生。細胞内で、酸素を使ってエネルギー生産。
(この頃まで、ミトコンドリアは独立した生きものであった。大きな細胞に飲み込まれ、ミトコンドリアとその細胞の両方のDNAが納まる。ここからエネルギーを生み出すミトコンドリア:DNAをまもる細胞の関係が成り立ち役割分担して共生が始まった。)
 カナダでは、鉄の酸化物・鉄鉱石が生成。
18億年前~  15億~18億年前に新しい真核細胞の動物・植物(後のバンギア:12億年前)・菌類(後のタッパニア:15億年前)が生まれた。
12億年前  12億年前のオーストラリアの干潟の石から、ミミズのような生物がはい回ったとみられる跡が見つかった。
 同国などの研究者チームが10日発行の米科学誌サイエンスに発表する。多細胞生物の痕跡としては最古の可能性が高い。
 化石が見つかったのは、西オーストラリア州のスターリングレンジ地区。石の表面に約1ミリの盛り上がりが2本あり、途中で交わったり、途切れたりしていた。ミミズやゴカイのような生物が出した粘液で砂が固まった跡らしい。放射性同位体を使った年代測定法などから、12億年より古い化石と判明した。多細胞生物の化石は約6億年前のものが最も古く、生物の痕跡ではインドでみつかった約10億年前の化石が最古とされていた。
 東京大学大学院総合文化研究科の磯崎行雄教授(地球科学)は「多細胞生物の起源は14億年前までさかのぼるともいわれる。
10億年前  動物出現(カイメン)、オーストリアには、細胞核を持つ海藻である緑藻が現れる。
7億3千万
年前

6億3千5百万
年前
 全球凍結時代。生命誕生後、「地球が凍りついた。しかし、生命がいなくなったときは一度もない。」と中村佳子(生命科学者 生命誌研究館副館長)は述べた。
 地球が凍りついた。この頃、大気中の酸素量が現在の100分の1となる。
 これ以降、発酵作用よりも30倍も効率の良い酸素呼吸によってエネルギーを得るようになる。
(それまでは、生物は糖類を分解する発酵作用によってエネルギーを得る。)
 この頃から、化石が急に多くなる「地質時代」と呼ばれる。
 海綿は、この頃から姿を変えていない。海綿は、コラーゲンを使い細胞同士が集合して個体となった。
  6億年前
エディアカラ紀 
 単細胞から細胞が集まった海綿は、この頃から繁栄。この頃から5.3億年前までに、海底を移動する動物が存在・左右対称の形(鼻が有り口がある。節がある。現在の動物たちと同じパターンをもつ)。

  
5億5,000万年前    この頃から、海中で有性生殖が始まった(海洋生物:フニジア=ミミズのような形状で海底に固定)有性生殖・遺伝物質を交換することで、進化を開始した有性生殖によって,地球の環境変化に対応可能となった。珊瑚の子孫か? ピカイア:脊椎動物の祖先。この頃から・・(ヤツメウナギのように泳いだ)。
5億4,300万年前   第1回大量絶滅。原因不明。この時期に、大量絶滅は無かったという研究者もいる。
        ベント紀が終わりカンブリア紀に入る。
5億4,000万年前 
カンブリア紀
古生代の始まりこの間に生物は自ら作り出した酸素により地球にシェルタを作り、水中から陸上に出ることができた。
 
ハルキゲニアを襲うエビのようでクラゲのような五つの眼をもつオパギニア。アノマリカリス(体長1mあまり:現在のシャコの祖先)。
  5億3,000万年前   フラクトフューサスが繁栄。・・6個の遺伝情報による遺伝。海底の植物のように固定した動物。後に絶滅。





















5億2,000万年前 カンブリア紀   魚類誕生(説あり)
5億年前


三葉虫(鉱物・方解石を取り入れた眼をもつ)
巨大大陸の形成。アーシュアイアは、初めて陸に上がった動物か?・・・現在のカギムシ。
 ピカイア・・この頃に生息。現在に魚の祖先→現在のほ乳類の祖先。

軟体動物(貝・イカの仲間) この頃より、海底から海を泳ぎ回る様になる。
 (オウム貝)イカはスピードを・・。そして三つの心臓を持つ。
 タコの知性。(タコの知性は、未だ解明されていない。)
扁形動物(ウズムシの仲間)
刺胞動物(イソギンチャク類・クラゲ)
節足動物(エビ、かに類) 三葉虫が生息 カンブリア紀(5.4億~5億年前)に誕生
アノマロカリス→ カンブリア紀の最強の肉食動物も節足動物にはかなわなかった(シャコの祖先)。
4億年前  両生類誕生
4.8億年



3.55億年前
 最初に上陸した動物は、フナムシ・ヤスデ(気管)、サソリ(本のページのような薄い何枚ものエラを体内に取り込む)・クモの化石であった ・・ デボン紀(4.8億年~3.55億年)の顕微鏡で見なければ分からないほど小さい動物である。
   <フッ化水素で岩を溶かして動物の化石だけを取り出す方法で調査。 >
☆ ヤゴ → 淡水に進出。
 空中へ(画期的な出来事) 飛ぶ動物は、前動物の4/3を占める→トンボ、セミ 。
4億6,000万年前  魚類誕生(説あり)  この頃、捕食動物の頂点・海サソリ(体長最大2.5m)。
4億3,900万年前  第2回大量絶滅  ・・急激な寒冷化が原因と考えられている。この頃、超新星爆発によって、自転軸の方向にガンマー線が大量に放出されたことが解った。表層にすむ三葉虫のみが絶滅。深層に居るものは助かっている。寒冷化の説は否定されていない。(2011年、放送)。 オルドビス紀(5億~ )が終わりシルル紀( ~4億年前)に入る。
4億2,800万年前   ヤスデ・ムカデなどの節足動物、陸に上がる。呼吸口のある足を持つので、水中には生息不可能であったはずだ。 
4億1,000万年前 ☆ 4.1億年前に陸上植物が誕生  節足動物は、植物の花粉を運ぶ。
4億年前 4億年前に動物上陸・・四足歩行の始めは、シーラカンスか?と言われている。
 (大気中の酸素量、現在の10分の一となる。地表から10~50Kmの所にオゾン層)
関節 ・・各節に一対の足 ・・あらゆる行動に対応
     食事の手 エラ呼吸 武器(はさみ)
体の外側にある骨格 ・・・進化に役立った・体を保護
 海サソリ類・・体長1.8m   絶滅するが、カブトガニは残る。
 カブトガニのように、卵のふ化を守るために、陸に上がって産卵したのではなかろうか?
 しかし、空中での呼吸は困難→海に留まる  熱と重力に耐える能力を持ち、
  足  触覚  羽  はさみ  味覚もあったに違いない。
3億6,700万年前 第3回大量絶滅・・隕石の衝突が原因ではないかと考えられている。
       デボン紀末期。
      この後が石炭紀(空気中
酸素35% ~3億年前)・・・大きな体。
3億6,000万年前 ☆ 3.6億年前 両生類の仲間(イクチオステガ:ワニのような動物の化石)上陸

◇ 上陸するための条件 ・・ 体重を支えることが可能→足が必要。
             皮膚・粘膜で覆われて乾燥に耐えうること。
             肺呼吸が可能なこと
3.5億年前  トンボ誕生(90cm)   これより以前に、シーラカンス誕生(デボン紀)
         以後、1億5000万年昆虫の世界。
       その後 翼竜 空を飛ぶ  薄い皮膚の膜(翼)
3.46億年前  爬虫類誕生(説あり)
3億年前  ほ乳類と鳥類が別れる(分岐)。
 
今までバラバラであった大陸が全て一カ所に集まった超大陸パンゲア
 
この頃に、シロアリが現れたか?!
   2億8,000万年前  第4回大量絶滅  ・・直径10Kmの巨大隕石の衝突が原因ではないかと考えられている。炭酸ガスの噴出。平均気温が23℃に上昇(極地では8℃)により生物の95%が絶滅。三畳紀が終わりジュラ紀の初期の出来事。恐類たちは気嚢(きのう)という呼吸器の特徴によって、酸素の少ないところでも生き延びることができた。
 2億8千万年前。この頃、ペルム期初期。
 
エダフォサウルス(体調3m、草食性のおとなしいは虫類)、気温は今より20%低く季節毎に極端な気候の変化があった。
 そんな極端な気候に対応して新しい植物が誕生してきた。それは針葉樹。石炭紀に巨大化した昆虫は、この時代になると巨大化。巨大化したは虫類は、体温の調節方法を見つけて大きな繁栄を見せていた。背中にある巨大な帆のお陰で太陽熱を吸収して、活動しやすくなっていた。このは虫類は、「ほ乳類型は虫類」に分類された。我々ほ乳類は、このエダフォサウルスから受け継がれた能力である。
 ディメトロドン。これは、凶暴な肉食は虫類。背中にはエダフォサウルスと同様な帆を持っている。
 切歯・犬歯で肉をかみ切った。この二種類の歯は、我々人間にも受け継がれている。
 卵を産んだら孵化するまでの7ヶ月間は食物を採らなかったと思われる。雌は土砂を積み上げて巣を造ってここに産卵。卵は土で覆って温度調節した。気温によって土を加減する。
 冬は雪。この間も卵から離れない。
 ディメトロドンは、しかし、ふ化後の子供の面倒は見なかった。子供は母親の保護なしに育つ。おとなのディメトロドンは、母親でさえ自分の子供を食べてしまう。
 は虫類は更に進化する。足はまっすぐになり長く、より速いスピードで走れるようになる。
 背骨の筋肉が発達し外見はほ乳類のようになる。脳も発達。頭が大きくなり、顎からは鋭い歯が突き出してきた。 高度に発達したは虫類の新しい時代の始まりであった。
 しかし、この時代に、地球の環境が大きく変化した。

 この影響で、当時生きていた大型生物の90%が死滅することとなった。
 




  
2億5,100万年前  第5回大量絶滅 ・・大規模な火山噴火が原因ではないかと考えられていたが、マントルの大噴出の説が有力。       ペルム紀が終わり三畳紀に入る 
 2億5,000万年前
史上最大の
絶滅異変
 ペルム期後期。シベリア。
 地球の気温は、今より60%高い。極端な暑さと火山活動が起こった。
 数十万年に渡って溶岩が吹き出し続けた。数年から数十年、火山が引き起こす寒い冬が訪れた。
 その後、火山の噴き出した二酸化炭素の影響で、温暖化をもたらす。
 寒さの後の暑さ。生物にとっては、まさにダブルパンチであった。
 100万年後には、地球上の種の95%が絶滅。
 この時代は地球の大陸は一カ所に集まって「パンゲア」と言う大きな大陸を形作っていた。内陸部は大きな砂漠であった。乾燥に強いは虫類が生き抜いていた。
 
 スクトサウルス。亀の遠い祖先。体重1t。まだ、甲羅はないが、背中は硬い鎧で覆われている。通常は群れで移動。
 ゴルゴノプス。肉食。は虫類よりもほ乳類に近い動物。足も速く、それまでにない武器も持っていた。顎には長さ12cmの鋭い牙。サーベルのような牙は、一部のほ乳類へと受け継がれていった。
 激しい火山活動のせいで、生物が地球上に生まれて以来の最高の暑さとなっていた。砂漠は年々広がっていく。北のシベリアでも、池は干上がってしまうほどであった。水場の争いが激しくなる。犬や猫に観られる習性、体から分泌物を出して縄張りを主張する。
 ディクトドンは、体長50cm。地面に巣穴を掘って地下に潜んで暮らす。ほ乳類の遠い親戚に当たるは虫類。3,000万年後に現れるほ乳類によく似た特徴を持っていた。→音を聞くのに、ほ乳類の耳の中耳の原形に似た器官を持っていた。(は虫類には中耳はなかった。)
 同種同士で争いがあったが、それでも同じ所に住んでいた。お互いに、他種の敵の近づくのを知らせるのであった。
 暑さは益々増すばかり。ディクトドンは、穴を深く掘って、これを凌いだ。

 雨は降らず、
多くの生き物が絶滅していった。
   やがて、巨大な両生類は、もはや生き残る場所が無くなった。繭のような物で、泥で自分の体を包んで乾燥から逃れようとした。
 スクトサウルスは、数ヶ月に一度水場に訪れ、水も周辺の植物も食べた。食べたものは一緒に食べた胃の中の石の助けを借りて消化した。
 更に乾燥は続き、数百万年の間にほとんどの生き物は絶滅した。
 その後、ディクトドンは大型の草食動物へと進化をした(2億4800万年前)。このは虫類は、後のほ乳類の祖先である。





















      
 約2億5000万年前~1億5000万年前 三畳紀
   激しい火山活動で、地球がチリやガスの雲に覆われた。 
 ☆ 大噴火 ・・
 ロシア中部・西シベリアに近い油田地帯にかつての火山活動の手がかりを知る貴重なものが発見された。石油埋蔵量の調査で、石油の層の下をボーリング調査した際に発見したのだ。
 そこには堅い特殊な岩盤が横たわっていた。それは日本国土の5倍以上、西シベリア全体に広がっていた。
 この岩盤は、この時期の溶岩で、西シベリアだけでなく中央シベリアまで広がっていたのであった。
 中央シベリアの山々を形作っているのは全て2億5千年前の火山の溶岩であった!
 ☆ 規模は ・・
 
広さで、日本国土の10倍、量はかつて1万年間の間に富士山が噴出した火山灰の量の10万倍であった。
 イギリス・レスター大学のサウンダー博士は、調査研究のリーダーであった。
 吹き出した溶岩の高さは、2000~3000mにもおよんだと推定されている。
 突然の地面の割れ目は50Kmの長さに達し、これがシベリアの複数の場所で一斉に起こった。
 溶岩は流れてシベリアの森林を舐め尽くし、多くの生物を死に追いやった。

 地球が、かつて経験したことのない巨大噴火であった。
 何故、このような噴火が起こったのであろうか?!
 ☆ 証拠は ・・
 サウンダー博士は、西シベリアの地下の巨大な大地の割れ目に注目した?!
 この割れ目は、幅が100Km・長さ1,500Km。これは、当時の地球におきていたとてつもない大きな大変動の証拠であった。
 「これは直径千キロメートルのドーム状の何かが地下から突き上げたと言うことです。」と、博士は語る。
 恐竜絶滅は隕石の落下が原因であったが、この時の変化は地下から突き上げた巨大な何かが原因であった。長い時間を掛けて地球表面を移動する大陸がある特殊な配置になると突如発生する現象であることが、最近の研究で分かってきた。
 今から3億年前、今までバラバラであった大陸が全て一カ所に集まった。超大陸パンゲアの形成であった。
 そしてこの大きなパンゲアの周囲を、現在の日本付近に見られるような深い海溝がグルリと囲んだ。
 そこからゆっくりと、海の底を形成していた岩石が地球内部のマントルにゆっくりと沈み込んでいった。それがある時、一斉に地下2,900kmの核に落ち込んだ。
 その圧力で、核から地球表面にむかって巨大な上昇流が生まれた。
 これをスーパープルームという。この直径はおよそ千Km。巨大なドーム状のものであった。
 地球中心の膨大なエネルギーをもった巨大な噴火となったのであった。
 母なる地球の内部には、このような地球環境を激変させるような巨大なエネルギーが常に渦巻いていることが明らかとなったのであった。
  ☆ 原因は ・・
 
もうひとつ、地球環境を激変させた原因があった。
 現在も、それは海底に眠っている。それは、未来のエネルギー源として世界から注目されているメタンハイドレードと呼ばれる物質であった。こ
 れは、大陸棚の周辺・深さは地下1,000m~2,000mの地下に存在する。
 これの埋蔵量は、石油や天然ガスに匹敵すると言われ、実用化に向けた研究が進められている。
 メタンハイドレードは、水とメタンガスが結合してできる特殊な物質で、深海底の地下中では非常に安定しているが、温度が上昇すると溶け出してメタンガスを発生する白い個体である。
 しかも、気化すると、実にもとの体積の160倍ものメタンガスを発生する。
 イギリス・リーズ大学のポール・ウイグナル博士は、これがこの時の地球環境の変動に影響し、極めてそれを深刻なものとしたと考えている。
 「メタンハイドレードは、温度が2~2℃上昇するとメタンガスを発生する。ガスは、泡となって海上に向かって上昇し瞬時に大気中に放出されるのです。」と説明した。
 ☆ その結果 ・・
 スーパープルームは、およそ40兆トンものCOを大気中に放出した。
 これによって温室効果が生じ、地球は徐々に暖まり始める。これがメタンハイドレードに影響して、異変の引き金となった。異変の主役を呼び起こしたのだ。
 泡となった大量のメタンガスが大気中に吹き出したのだ。それはCOの20倍を上回る猛烈な温暖化効果を持っていたのである。
 地球温暖化は進んで、これはメタンハイドレートに影響し、更にメタン噴出のきっかけを与えることとなった。悪循環が始まったのである。
 「地球はかつて無いほどの高温になった」と、ポール・ウイグナル博士は述べる。
 赤道付近で7~8℃。北極と南極では25℃も気温上昇が起こった。
 地球は、超高温に晒されることとなった。
 これは、生物には壊滅的な打撃を与えた。生き残った動植物は、わずか5%であった。
 史上最大の絶滅異変といわれている。

                 
 アメリカ・エール大学のボブ・バーナー博士は、各種のデータを基にコンピュータで推定したところ・・・。 
 4.5億年前から徐々に上昇した大気中の酸素濃度は、30%から10%まで急降下した。
 これは、吹き出したメタンガスが大気中の酸素と反応してこれを減らしたためだと考えられる。
   生き残った生物たちは、急激に減少した大気中の酸素・極めて底酸素の状態の中で、生き残らなければならなかった。
 その結果、長い間生物の化石が殆ど見つからない空白の時代が続くこととなった。
2億4,800万年前   三畳紀。砂漠の拡大が止まり、針葉樹の森が広がり始めた。
 ディクトドンは大型の草食動物へと進化をした。
 この頃の地球は、今より40%あつい気温であった。肉食は虫類が支配した。
 地上に生命があふれる時代が再び訪れた。
 最初に、草食動物。
    リストロサウルス。大型のほ乳類型は忠類。一見恐竜のように見えるが、ほ乳類に一番近い動物で、一時は地球上の動物の半分以上を占めた。草食動物であったので、食物を求めて時期的に大移動をする必要があった。
   どう猛なハンター、テロケファルス類は、この移動するリストロサウルスを待ち受けていた。
 テロケファルス類は、強い毒を持っていた。
 
    カスマトサウルスは、ワニの祖先である。リストロサウルスが、河を渡る所をテロケファルスは待ち伏せした。年に一度の獲物の到来である。
   エウパルケリアは、その次の時代を担うのを密かに待っていた。
 これは、小さな昆虫を食べるは虫類で、そんなに大きくはなかった。
 しかし、これは特殊な特徴を持っていた。それは大腿骨の構造であった。
 かれらは二本足歩行ができたのであった。それに伴って両手を自由に使えることができたのである。
 この敏捷さは、それまでのは虫類にはなかった特徴であった。かれは、後の
恐竜の祖先となる生き物であった。 
2億2千5百万年前    恐竜時代誕生
 アデロバシレウス(ほ乳類の祖先)体長およそ15cm卵生。恐竜たちの陰に隠れて虫を中心に何でも食す。
 この頃の敵の恐竜は、コエロフィシス。卵を食べられた。
2.1億年前    原竜脚類
 

























   
ジュラ紀:約1億9,500万年前にはじまり、約1億3,500万年前まで続く地質時代  
 1.9億年前   原始竜脚類 中国にのみ発見された。四川省にはジュラ紀の始まりの頃のものが多い。
 ○ 新種:イービノサウルスである。特徴は、
  腸骨が未発達であった。そして、頸椎の関節面が平坦。大腿骨の湾曲がない。
◇ ジュラ紀:二酸化炭素
(CO濃度は、現在の20倍。気温、今より10℃高温だった。
 変温動物の方が効率が良く有利であった。    
 恐竜は、腸骨の形が初期のものは、大型の竜脚類と異なって長かった。
 また、進化すると指の数が減少した。
 ジュラ紀の初め5本有ったものから、ジュラ紀の終わりには3本から4本に・・。
 1.8億年前  この頃、ゴンドワナ大陸でバオバブの樹はすでに存在していた。
 
この時から、その後、8、000年前までにアフリカ、オーストラリア、マダガスカル島は分離。
 三つの場所にバオバブの樹も分かれた。
 現在マダガスカル島に生息するおよそ80種のキツネザルは、この時点には居なかった(アフリカが起源:遺伝子分析の結果、およそ6,000万年前にマダガスカル島へ・・)。
1.66億年前   この頃、Y染色体によって性が決定されるシステムができた。
  それまで普通の染色体二本のペアだったが、一方の染色体に男性となる遺伝子・SRY遺伝子が獲得された。更に、この染色体に精子を造る遺伝子も獲得。
 更に精子を造る遺伝子も獲得された。こうして男性の役割を担うY染色体が造られた。
 これによって、雄と雌の生まれる確率が、確実に50%ずつというメリットが生まれた。しかし、X染色体とは異なった染色体は、X染色体と交わることが不可能となった。
 そこで、代を重ねるにつれて、父から息子へ伝える時に、これがコピーミスをしたりして欠損したり、突然変異を起こしたりした部分は、補い合って修正することなく、欠損したまま小さくなっていった。
 ヒトの男性染色体
(Y染色体)は、この頃は1,000個以上の染色体
この頃 Y 1,000の染色体 この頃のY染色体(男性)の遺伝子数
現在、’09年の
染色体数
X 1,098の染色体  いずれ、Y染色体(男性)は消滅することが懸念されている。
 おそくとも数百万年後には、男性が居
なくなる。
Y   78の染色体

 現代人のヒトの男性遺伝子Y染色体数は78。これが,更に減少の傾向にある。
 いずれ、速くても来週、遅くとも500~600万年後には、Y染色体は消滅するかもしれないというのである。
 このことは、人類の存続に関わる問題だ。男性は居なくなってしまうというのだ。
 「いずれ、人類は自滅するだろう。」というのだ。
  男(雄)の精子に含まれる遺伝子の命令で、哺乳動物の女(雌)に胎盤を造らせる。
 
Y染色体のみに、雌の体に着床するための胎盤を造る遺伝子が二つある。この結果、ほ乳類の胎盤は、男性が居なければできないという運命を背負ってしまったのだ。
 胎盤を造る遺伝子が、何故、男性側にあるのか?それはまだ分かっていない。しかし、胎盤によって、ほ乳類の繁栄を確かにしたことは事実である。寒いところでも暑いところでも、更に海の中でも・・・・。
 だが、・・・
 今、男性の精子の劣化が顕著になっている。その原因は不明である。
2002年更新「NATURE」誌(オーストラリア国立大学教授 ジェニファ・グレーブス博士)
1.6億年前   グアンロング・ウカイイ、2005年に中国で発見された。:一億年後のティラノサウルス(6,500万年前)の直系の祖先にあたる恐竜。
 羽毛をもちトサカもあった。ティラノサウルスの類で、トサカを持つ唯一のもの。体長約3m。トサカの役目は、現代と同様に見せるためのものだった。仲間に同じ種であることを示し、別の種に対しては、自分に近づくなと言う警告になっていたと考えられる
(現在の、ヒクイドリ)




 紀
      
約1億5000万年前~約6500万年前 白 亜 紀 
1.5億年前

ジュラ紀後期
 
 ジュラ紀後期となると、恐竜の全盛期である。
 ○ 体長30mの巨大な草食恐竜アパトサウルス。
 ○ この時期の百獣の王となった肉食恐竜・アロサウルス。
 は虫類の全盛期だ。 
 アメリカ自然博物館:マーク・ノレル博士は、は虫類の持つ気のうシステムを指摘している。
 肉食恐竜・アロサウルスなど当時のは虫類は、現在の生き物・鳥と同じ構造の骨を持っていた。
 気のうシステムは、ほ乳類の肺と比較すると、約3倍の機能を持つ。 

 ワシントン大学:ピーター・ウォード博士
(生命進化の研究者)は、「底酸素の時代は1億年も続いた」と、恐竜の化石から割り出した研究成果を発表した。
 気のうシステムは、この低酸素の長い時代を生き抜くために重要な役割を持ったと述べた。
 歯は、ほ乳類
(胎盤を保つ)の方が優れていたが・・・。
 ほ乳類は、1億年前頃に出現。この時代に、横隔膜を持つことによって底酸素を切り抜けた。・・・が、恐竜をしのぐほどの繁栄はしなかった。
竜脚類。 この頃・・ エビ  鰯くらいの魚  トンボ
◇ 始祖鳥(同時代)は、羽毛を持つ恐竜である。鳥類は、ティラノサウルスなどの二足歩行の肉食恐竜を含むコエルロサウルス類から進化したと断定された。(2008年更新)
 翼を持っている。 歯を持ちあごの骨があった。 尾の両側に羽毛の痕跡があった。
 羽毛は、鱗の進化したものである・・・ エリマキトカゲの襟巻き状の役目か?
      敵を威嚇?
       ↓

      木から木へと移動に利用?(翼には爪も持つ)
 やがて重いあごの骨は消失し → 嘴 そして、今様の鳥類となった。
 1.2500億年前   エオマイア:中国・遼寧省で、基本となる骨格が、現代のほ乳類とほとんど同じ、胎生のほ乳類祖先が発見された。
9,500万年前   この頃、トカゲの一部は手足を失って土の中に潜り蛇に進化し出す。
8,510万年前   霊長類の分化
 6,600万年前   白亜紀(1億4,000万年前から 6,600万年前)に・・
 ◇ カルノタウルス :肉食・三本の爪。体長およそ8m。
 ◇ エドモントニア :草食・草食。体に太いトゲ。
 ◇ サルタタウルス :長い首。肉食。
 ◇ キモレステス  :ほ乳類の祖先・胎性。体長約15cm。夜行性。
          歯の化石約2mm。
 ◇ 
ティラノサウルス:この頃の地上最大級の肉食動物だった。
   地球上に一番長く存在した恐竜である。
  この10年の間に,ティラノサウルスの新たな化石が15体発見されて、様々な分野からの協力で新しい情報が解った。
(2008年更新)
  
1990年、ティラノサウルスの新しい前進骨格が発見された。この化石は、体長12m、高さ6mの最大のものであった。これは、学者達に「スー」と名付けられた。
   ティラノサウルスのこと 
体 格  体長12m。頭蓋骨の長さ1.5m。歯の長さ15cm(ステーキナイフのような細かいギザギザがある)。体重5t。 
 成 長

ライフサイクル
「恐竜の年齢を数えるときには、普通、大腿骨の断面の成長線を数える。
 ティラノサウルス「スー」の場合、この大腿骨の中心が空洞になっていて、数えられなかった。しかし、肋骨や骨盤などの空洞のない部分で成長線を調べた。
(フロリダ州立大学 グリック・エリクソン)
 エリクソンが、「スー」をはじめ,およそ20体のティラノサウルスの化石を調査した結果、殆どが10才代であることが解った。「スー」は、29才の最年長であった。ティラノサウルスの寿命を最大限生きたことが解った。
 12才から18才までの間に急成長し、多いときには一日に平均2Kgも体重が増加したと推定される。ティラノサウルスは、体重の割にはとても若いうちに死んでしまった。「象と同じくらいの体格なので、それと同じくらいの寿命なのかと思っていたが、・・・」
 古生物病理学者:エリザベス・リーガ(女性)は、次のように分析した。
 「スー」の骨には、感染症に罹って完全に直った痕跡がある。肋骨は何カ所も骨折していた。そのうち一カ所は癒着せずに折れたままであった。
 興味深いのは、あごの奥の方にある複数の穴であった。左右ばらばらに存在し、その傷が治ったような跡が認められた。これは、位置や穴の形状から、他の恐竜に噛まれたとは思えなかった。彼女は、生きている生物に棲むバクテリアを調べた。
 その結果、反芻獣の酸素の無い場所・口の奥にしか棲まないバクテリアの仕業であることが判明。
 
 歩行   同じ体重の象によって分析を試みた結果、これまで考えられていた歩行速度50Kmを訂正して30Km/h前後と推測した。捕食動物である他の大型恐竜も体重があったため歩きはのろく、獲物に追いつくことが可能であった。
 「骨や筋肉の状況から、従来考えられていた姿勢とは少し異なって、まっすぐに脚を伸ばした格好で歩行していたと思われた。
 脚と腕の関節は、今のワニに似た古い特徴と鳥に似た新しい特徴を奇妙に併せ持っていたと言える。
 長い尾があるのに何故鳥のような行動ができたのか?体重6~7tもある動物がどのように二本足で歩くことができたのか?大変に興味深い動物である。」
(英国王立獣医大学 ジョン・ハッチンソン)
小さい
腕の
役割
 
 「基本的にティラノサウルスは、二本足歩行する動物の常識を越えている。」「体が大きいわけであるから、バランスを取るためにあらゆる方法で適応しなくてはならない。腕が小さいのは余分な体重を落とすためなのだ。ティラノサウルスが獲物を捕らえるときに顎を使い、腕を必要としなかった。その結果、必要でない腕は小さくなっていった。」「大きな体のバランスを取るために、首がS字状になって、頭が体に近くなっていたこと。更に背骨は個々の骨が短く幅がかなり広くなっている。多くの骨は中が空洞になっていて、肺や耳・喉から入った空気を取り込んで、体の軽量化に成功していたのだ。」(カナダ・アルバータ大学:フィリップ・カリー) 
群れ

行動
 
 「スー」が見つかった場所には、外にもティラノサウルスの化石があり、中には子供のものも含まれていた。
 これまで、彼らは単独で狩りをすると思われていた。しかし、複数の場所で集団の化石が見つかったことで、古生物学者は、ティラノサウルスの行動について考え直すようになった。
 「集団で化石が見つかったことは、単独で行動していたとは思われない。群れで行動し子育てをしていたと考えられる。小さな子供から大人まで、同じ場所で化石が発見された。」(カナダ・アルバータ大学:フィリップ・カリー)
 現在のオオカミのように、集団で獲物を捕らえていたと考えられる。「追いかける獲物が大きな群れをなしている場合、集団で狩りをすることは大きな意味を持っていた。」「獲物であった大型の鳥脚類
(ちょうきゃくるい)や角竜類(つのりゅうるい)は、何百・何千という巨大な群れを成す場合があった。おそらく、彼らはティラノサウルスから身を守るためであったろう。」と述べる。
 感覚機能  「『スー』の骨格を内側からも外側からも調べた。外の獣脚類との比較も行った。頭蓋骨については、高い解像度のコンピュータ断層撮影・CTスキャンによる解析を行った。厚さ2mmの断層写真を撮影して分析した。」(アイオワ大学・クリス・ブロシュー) 脳の大きさを調査した。大きさはおよそ30cm。容積は1リットル。
 「意外に,脳が大きくないことであった。視覚も聴覚も十分に発達していた。」
(カナダ・アルバータ大学:フィリップ・カリー)
 「ティラノサウルスは、しっかりした嗅覚を持っていた。大型の肉食動物の持つ感覚はすべて備えていた。唯、視覚と嗅覚と、どちらに頼っていたかは、しっかりと判別できない。」(アイオワ大学・クリス・ブロシュー)
 
 鳥の
骨組織
  2005年に古生物学者:ジャック・ホーナーが発掘したティラノサウルスの化石を運ぶために大腿骨を1本折らなければならなかった。これを、骨のミクロ構造の研究者:メアリー・シュワイツァーに送り調査協力を依頼した。
 「一目見ただけで、これは妊娠した雌の骨であることが解った。これは、産卵を控えた雌の鳥の骨組織であった。」
(ノースカロライナ州立大学:メアリー・シュワイツァー)
 シュワイツァーは、ダチョウやエミューと全く同じものを観たのであった。血管が沢山流れていて、カルシウムを早く放出するための深いくぼみがあった。
 これは、ティラノサウルス群と一致した。
 噛む力は   ティラノサウルスの噛む力は約9t。
 噛むと言うよりも、肉を大きく食いちぎっていた。
 トリケラトプスの骨の化石から、ティラノサウルスに噛まれた痕跡が見つかった。
(ロッキー山脈博物館:ケン・オルソン)
 工学的な手法で、すでに絶滅した動物も含む生き物が物を噛むときの骨格に生じる力と歪みを調べているエミリー・レイフィールドは、「スー」のCTスキャンを利用して、ティラノサウルスの頭部の三次元モデルを造り、噛む力が骨格にどのような影響を与えるかを調べた。「頭蓋骨の特定な場所に、噛む力を与えると、負荷が掛かって頭蓋骨が変形することが解った。そのために,頭蓋骨上部の鼻の骨が強化され、逆に顎の骨は歪みを血管が吸収するような構造となっていた。」(イギリス・ブリストル大学:エミリー・レイフィールド)
 「嗅覚が発達し、動物の死体を食べていたのでは・・。ティラノサウルスの嗅覚は40Km離れた死体の臭いを感知するヒメコンドルによく似ている。」(ロッキー山脈博物館:ジャック・ホーナー) 狩りをしていたのか,死体を食べていたのか?或いはその両方だったのか? 解らない。
 肉食だったことは明らかである。
祖先は    2004年、中国・遼寧省で、ティラノサウルスの祖先に近い化石を発見した。それは鳥の祖先に近かった。ディロング・パラドクサスである。
 体長1.5m。化石の頭と尾の部分に羽毛が遺っていた。
 鳥が出現する前に、恐竜の段階ですでに羽毛が進化していたことが確認された。
 また、ミクロラプトルのような、全身羽根に覆われた化石も見つかった。
 ティラノサウルスも幼児期には羽毛に覆われた時期があったと思われる。
(アメリカ自然史博物館:マーク・ノレル)
 更に、2005年、中国でティラノサウルスの直系の祖先と思われる”グアンロング・ウカイイ”の化石が発見された。
 これは、この時代からおよそ1億年前に存在していたティラノサウルスに直系する最古の化石であることがわかった。
 ティラノサウルスは、鳥獣脚類のカルノサウルス類だと思われていたが、この発見によってコエルロサウルス類に分類化され、鳥類に近い関係性が証明された。これで、頭骨の特徴の違いが説明できる。
  

霊長類の起源・・・統計的な手法による分岐年代は8510万年前

 
今回の報告では、新しい統計的な手法を使っています。
それは、仮定された種の2500万年という生存期間と、それぞれの地質年代の間で知られている化石種の数及び現生種の数(235種)に基づいて解析されています。丹念な文献調査で、474種の霊長類の化石記録があることがわかり、それぞれの地質年代に分けられたデータに新しいアプローチを適用すると、次のようなことがわかったそうです。
 霊長類の分岐年代は約 8,510万年前と、分子学的データに近いものと推定される。
 かつて8,000~9,000種の霊長類がいた(今は絶滅)。
 霊長類の分化に寄与する大陸移動の役割も無視できない。
 かつて生存した霊長類の、たかだか7%程度の化石しか知られていない。
 ヒトがチンパンジーから分岐したのは500万年前ではなく、800万年前の可能性も・・・。この研究法は、化石記録や現存種、分類群(クレード)の多様化モデルなど、進化の年代を測定する全ての古生物学的な方法を結びつけるとしています。
共通の祖先
今回の研究で、共通の祖先の姿までわかるのかは疑問なのですが、共通の祖先は、体重0.5~1kg程度で、熱帯や亜熱帯の森林で樹上生活をおくっていたとしています。
 復元図はキツネザルのようで、大きな目が描かれています。ベビーを抱えた姿は、子供の成長が緩慢で、育てるのに時間がかかった霊長類の特徴をあらわしているようです。
 5,500万年前の最古の霊長類の化石が北部の大陸で発見されていることから、霊長類の起源は、北部大陸とする説が有力です。
 しかし、フィールド博物館のサイトでは、恐らく、霊長類は南部の熱帯夜亜熱帯に起源を有し、北部に移動したのではとされている。
 初期の霊長類は小さく、他の条件なども重なり、化石として残りにくかったとしています。
 「樹上生活だと、土砂に埋まって化石になるということも少なかったのでしょう。
かつて8,000~9,000種もの霊長類がいて、現在235種と最低レベルだとすると、かなりの種が絶滅したことになります。 白亜紀末にもずいぶん絶滅したのでしょうか。」
・・・・・と。

6,550万年前  巨大隕石の衝突。
 火
星と木星の間にある小惑星帯の二つの小惑星が衝突して、直径およそ10kmのかけらがユカタン半島付近に落ち、直径200kmのクレーターを造る。瞬間、1,500℃の熱線が世界各地を焼き尽くす。この時、高さおよそ300mの津波が三日間に渡って6回以上襲ったと推定される。また、最大10℃、気温が下がり数年から数十年間に渡って、「衝突の冬」が続いた。(落下地点から4,00km離れた、カナダ・アルバータを調査して、隕石がまき散らした大量の落下物の層(3cm)が、黒い層の間に確認された。また、同様の痕跡が世界各地で300カ所確認されて、地球全体をすっぽり包んだことが確認されている。
 
恐竜の絶滅。この頃から現在までの間、大陸の分裂が激しくなる。
6,000万年前  コウモリ空を飛ぶようになる。
 遺伝子分析の結果、この頃、キツネザルの祖先アフリカから500Km離れたマダガスカルへ渡る。
 (キツネザルは、休眠の能力がある)たった一種のみがこの島にたどり着いたことが解っている。現在、80種。
5,600万年前

巨鳥繁栄の時代 
 





 恐竜絶滅から900万年後、体長15cmのカルポレステスが生存していた。:化石(アメリカワイオミング州)が発見された。これがほ乳類・猿の仲間の祖先。霊長類の祖先である
 
親指が内側に曲がり、物を掴むことができたと想像できる。
 森の中に生活し、夜行性。木の実を食した。
           **********





 同じ頃のカルポレステスの天敵は、巨鳥ディアトリマであった。足跡の化石・大きさ30cm。大きな陸上を走る鳥であった。全長2mの、当時最大級の動物であった。
 恐竜絶滅後、いち早く陸上に君臨したと思われる。巨大な頭は、現在のライオンのごとくであった。嘴は、肉を食いちぎれるほどの筋肉が支えていた。ライオンに匹敵するほどの強い力で、肉を食いちぎっていた。巨鳥ディアトリマは、獰猛な肉食動物であった。
 当時のほ乳類にとっては恐ろしい動物であった。森や草原に生息し、人間が走る程度の速さで移動していたと思われる。

           **********









 主に、馬の祖先:ヒラコテリウムを食していた。当時は、この動物も動きは余り素早くはなかった。
 巨鳥ディアトリマは、ヨーロッパから北アメリカまで広く棲息していた。
 そのころは、他の大陸でもそれぞれに巨鳥が居たことが明らかとなってきた。
 しかし、アジアだけは例外であった。ヨーロッパの間は、ツルガイ海峡によって、他の大陸とは分断されていた。
 また、北アメリカとの間は氷河によって動物の行き来は不可能となっていたからである。アジアは、孤立した大陸であった。
           **********


 孤立したアジアでは、ほ乳類が繁栄していた。ここでは、素早い動きの可能な肉食ほ乳類の、ハイエノドント(体重5kg)が繁栄した。
5,500万年前  恐竜絶滅から900万年後、温暖化が始まる。
 ハイエノドントは、北アメリカに進出した。
 ディアトリマの40分の一しかないハイエノドントは、素早い動きで集団で動きの遅いディアロリマを攻撃した。ディアトリマは、絶滅した。そして、

 
○ ほ乳類の時代となった。しかし、霊長類の祖先・カルポレステスは、樹上でひっそりと身を隠していなくてはならなかった。
 この頃の森には主として針葉樹。その間にわずかに広葉樹が在った。カルポレステスは、果実をえさとして暮らしていた。樹木と樹木の間を移動するときには地上を走った。この時に、外敵から襲われた。
           
 だが、この頃に海底の地下で噴火が起こった。激しいマントルの対流によって、ヨーロッパとグリーンランドを引き裂き始めたのであった。
 地下で流れるマントルの流れが、地下に堆積していたメタンハイドレートに接触し、激しい爆発と共に大量のメタンガスを発生させた。直系5kmのメタンガスを発射した大きな穴が沢山海底に発見された。

 
メタンガス噴出の柱は、高さ数キロに及んだと推測される。このガスによって、地球の温度は10~20℃、一気に引き上げる結果となった。
 これによってベーリング地域の氷河が溶けたのである(オスロ大学・ヘンリック・スペンセン博士の推論)。その後、さらに500万年以上地球の温暖化はつづいて、地球環境を一変させたのであった。
 この頃、南極は南アメリカやオーストラリアと陸続きであった。南アメリカやオーストラリアは、その後北上を始めた。
 カバと鯨が、この頃、枝分かれした。(NHK:H19.3放映・&21.2更新
注:  カバは、1日の8割は水中で過ごし、最大5分間は水中に潜ることが可能である。パキスタンで発見した鯨の祖先の化石(ドルドン)によれば、後足の骨は牛やカバと同じ形であった。遺伝子の解析でも証明された。両者は、人間とチンパンジーほどの違いである。
 
鯨とカバの共通点は、,水中では自動的に鼻孔が閉じることである。また、カバも水中で音を出しお互いのコミュニケーションを行っている。空中と水中で同時にそれぞれ異なった音を出し、水中では、喉の周りの皮膚を振るわせて、巨大なあごの骨が振動を感じて音を聞き分けている。 空中では、音を鼻孔から出し、耳で聞き取っている
('09.2更新)
5,000万年前  この頃の南極は、亜熱帯の植物が広がる温暖の地であった。5、000万年前 インド大陸が北上の末アジア大陸に衝突。地球史上最大の山脈・ヒマラヤを形成し始める。
(人類誕生の頃700万年前頃にはヒマラヤの標高は5000mを超えて、地球上の気候を大きく変えていた。)

翼長6mの鳥類 軍艦鳥の祖先。ダチョウの大きさ。しかし、エミューの祖先 。 ・・ディアトリマとは違う。キツツキの祖先。      ヒワ などが生息。
○ 一端土に潜って(9,500万年前)蛇がトカゲから進化したが、ほ乳類を求めて、地表に出始める。
○ イルカの祖先:メソニクス、長い陸上生活の後水中に入り、徐々に適応していった。この時代には、未だ鼻は顔の前方にあった。
 今のイルカの脳の大きさは、人間よりも大きい。
 人間に次いで、体重の割に脳が大きい。チンパンジーや類人猿以上である。
 人間とは異なるところは、前頭葉がイルカにはないこと。ヒトの場合、鏡を見て自分が移っていることを認識するのは前頭葉である。前頭葉のないイルカも、しかし、鏡を見せると自分の姿を認識できる。・・・前頭葉以外の部分で、その働きをしているようである。エコーロケーションで、砂の中に潜った魚でも捕らえることができる。音は、鼻嚢から発する。
ヒト イルカ
肺活量 0.5㍑
呼吸回数(分) 14~15回 4回
 ◇ 呼吸して吸収した酸素は血液(ヒトの2~3倍)と筋肉中(10倍)に蓄える。
   ミオグロビンの働きによる。高速で泳ぐときには心拍数が減少する。
4,900万年前    この頃,鯨の祖先アンブロケトス(パキスタンで化石発見)はワニのような格好で浅い海に生活し肉食生活。後ろ足も在り、浅い海で狩りをする。サメなどの肉食動物もいた。真水を飲み、泳ぎは下手で、陸上でも素早く動けなかったと思われる。いつしか姿を消した。
 4,700万年前

ヒマラヤが隆起し始める
  この頃の年代の人類の祖先・霊長類の化石が発見される。陰茎骨がないことから雌であった。
 扁平な爪。物を握ることのできる手・足の指。場所はドイツ・メッセルピット。
(この土地は、この頃マグマの大爆発によって生まれた。推進250mの湖が出現。ここに化石が誕生。子犬ほどの馬・コウモリ・鳥・二足歩行のワニ・飛べない大きな鳥などその他多くの化石があった。1982年に発見されたが、発掘者は25年も隠し持っていた。)
 
今の霊長類同様に樹上生活をしていたらしい。歯の形から、主食は果物と木の葉、昆虫も食べていた。内臓の化石から植物の種子が発見された。人類のMissing Linkであった。この頃より霊長類は原猿類と真猿類の二種類に枝分かれした。
 ほとんど進化していない、マダガスカルの現在のキツネザルによく似た形状をている。霊長類の歯の数は32本。しかし、この化石の歯の数はもっと多かった。乳歯の下に永久歯が生えようとしていた。踵の所にある距骨
(きょこつ)が有りキツネザルとは異なって、二足歩行する我々の祖先につながっていることが認められた。(2010年)
4,600万年前   体内で海水を処理できるように成り初めて海に入った鯨の祖先アンブロケトス(パキスタンで化石発見)の次の祖先、ロドケトスを発見。三半規管の大きさが人のそれよりも小さくなり(4500万年前に)、海中で素早く(めまいがなく)泳ぎ回れるようになった。
4,500万年前 オーストラリアが移動して、大陸と離れる
4,400万年前  アメリカ・ジョンデイ化石層国定公園に、地球環境の大変化を示す化石が存在する。広葉樹の大木の化石がある。広葉樹は枝を横方向に広げて、原始的な猿の樹間の移動が可能となった。これで、外的から襲われるリスクが少なくなった。
 樹冠で生活
が可能となったのである。霊長類の楽園であった。
 樹冠での生活は、左右の眼は顔の正面に並び、距離感を掴みやすい構造に変化し、立体視の能力を獲得させた。これによって、飛び移る木までの距離がよく分かるようになったのだ。樹冠で生活する前の霊長類カルポレステスと、樹冠で生活してからの霊長類ショショニアスの、顔の特徴は大きく異なってきている。
3,900万年~3,600万年前    鯨の祖先バシロサウルス(体長18m・浅瀬に住みウナギのような細いからだ)が世界中の海に君臨するが絶滅(3600万年前)する。小さな後ろ足(爪が残る)がある。その後に、イルカの祖先・ドルドンが出現。しかし、巨大なサメ・メガロドンが驚異となる。ドルドンは、冷たい海に逃れる。変温動物のサメの祖先は、冷たい海では生き抜けない。
 冷たい海は、栄養豊富であるが透明度は悪く暗いので、鯨の祖先ドルドンはエコロケーションによりクリック音で獲物を捕らえることができる。
3,500万年前  南極大陸南アメリカから離れて寒地化始まる。この頃、昆虫類のエネルギー源であるイネ科植物誕生。
3,300万年前
 地球の自転の影響で、南極の周りには周極流という対流が生まれた。これが、赤道からの暖流を遮ってしまったからである。これによって南極は氷の島に変貌し地球全体を冷やし始めることになる。そして、地球の気温は、この頃には今までよりも30℃も低下したのである。地球上の森は急速に姿を消していったのである。残ったわずかな森で、必死に命をつなげながら新たな進化を遂げることになる。
 エジプト地質学博物館ユースリー・アテイヤ博士は、エジプトのサハラ砂漠(かつては温暖の森)に残る霊長類の化石を調査している。22種類の霊長類化石を発見した。カトピテクスの頭蓋骨の発見によって、ひとつの進化の過程を確認できた。眼の後ろに、今までの霊長類には無かった骨の壁「眼窩後壁(がんかこうへき)」が在ったのである。これは、現在繁栄している多くの猿たちが共通して持っている特徴である。カニクイザル・テナガザル・チンパンジー、そして我々人類も持っている。今、アフリカに棲息するガラゴは、眼窩後壁を持っていない。眼窩後壁を持っている猿の網膜には、フォベアがあった。フォベアとは、光を感じる視細胞・視神経の集中した場所である。眼窩後壁を持っていない猿の網膜には視細胞が全体に散在しているのである。物をぼんやりとしかとらえることができないのである。カトピテクスは、視細胞を増やし、さらにそれらを集中させてフォベアをつくったのだと考えられる。眼窩後壁を持っていると、眼球が固定されていつも網膜の中心に物を見ることが可能となったのだ(シカゴ大学:キャラム・ロス博士)。視力が良ければ、減少した森の中で他の猿よりも余計に食料の果実を見つけやすくなるわけであった。視力の良いことは、寒冷化の森を生き抜く切り札であったわけである。
 そして、視力を高めることは、相互間の表情を見極めて、社会性を生むきっかけを作ったと言っても良い。笑いの表情・威嚇の表情・劣位の表情・・・。少なくとも、10種類の表情があることが分かっている。
 相手の表情によって順位を付けたり、強い物に従属したりする社会性が生まれてきた。真猿類には、顔に表情筋が豊富である。これが、この後の進化を決定づける重要なヒントとなった。互いに共同作業や分業をするようになった。チンパンジーは子育てを共同で行う。そして、やがて”こころ”が生まれるのである。
 唯生きるのではなく、どう共に生きるのか? ・・・永遠に続く課題である。人にのみ”白目”が在る。誰を見ているかが分かるようになって、絆はより深くなったのである。
3,000万年前



 鯨の祖先はサメから逃れて冷たい海中へ移動。音波探知機能をもつクリック音を使うエコロケーション。
 3,000万年前からパンダは、生存。恐竜時代とほぼ同じ頃から、ほ乳類も居た。
☆ ツタンカーメンの墓から発見された装身具の一つに黄緑色のガラスで造られたスカラベがあった。これは、サハラ砂漠に存在する特徴的なガラスであった。6,500㎢の広大な地域に広がって分布している。
 地球上の何処にも存在しないガラスであった。
 この頃に宇宙からサハラ砂漠
(今から7,000年前に砂漠化)に降ってきた小惑星が、地上に届く前に空中爆発した熱で作られた物であることが判った。
     
(2009年1月25日放映・更新)<エジプト鉱物資源局 アリー・バラカート氏他>
 ガラスに含まれるジリコンによって、この時に、地表の熱は1,800℃に達したことが判明した。
 これは、アメリカ・トリニティーで行われた核実験の1万倍に匹敵した。
2,000万年前 日本列島が、四個に分断された。熊の祖先、肉食のドーンベア樹上生活。
人類の歴史は700万年。この間に20種類の人類が誕生し絶滅している。
 人類、アフリカで進化し道具や火を使い始める。 最古のヒトの化石と思われる「トゥーマイ」が、アフリカの中央・チャド共和国で発見された。ヒトと猿との違いは、頭蓋骨の形状にあった。
 
 ヒトは、脊椎との接合部が水平になっている。猿の脊椎にこの化石をつけると、両目が下を向いた形になってしまう。
1,800万年前    アフリカ大陸とユーラシア大陸の結合。
 ユーラシアからいろんな動物が移動してアフリカ大陸に入った。木の葉を主食にしているキリンの祖先・地面で食べ物を捜す小さな豚のような生き物、それらをねらう肉食動物・原始的な猫の仲間である。小さな牛の祖先も居た。
 ライオンやチータの祖先などのネコ科の動物もユーラシアから渡った。
 テナガザルとオランウータン分岐
☆ オランウータン
 ○ オランウータンは、単独生活をして群を作らない。   ○ 子育ては雌だけが行う。
 ○ 雌雄がペアになるのは繁殖期のみ。      ○ 出産間隔は8年(授乳期間)。
1,500万年前  この頃以降、アフリカ大陸に乾燥という気候変動が襲う。
1,400万年前  オランウータンとゴリラが分岐
   ☆ ゴリラ
○ゴリラは、背の毛が白い「Silver Back」雄を中心に複数の雌と群を作って生活。
○それぞれの群同士は敵対的で、相互間の交流はない。
○出産間隔は4年(授乳期間)。
1,000万年前   東アフリカに大地溝帯誕生。南北4,000Kmに渡る大きな溝であった。これは大西洋からの湿った空気を遮った。今まで深い森林地帯が消失し草原となった。東アフリカの大地は様変わりした。
900万年前  ゴリラとチンパンジーは分岐
   ☆ チンパンジー
 ○ チンパンジーは、複数の雄と雌が、群の中で不特定の相手と交尾をする。
 ○ 特定の雌雄がペアになることはない。   ○ 出産間隔は5年(授乳期間)。
700万年前  人類がチンパンジーから分岐
(この説は、その後否定された。現生人とチンパンジーが、この頃にある種から分岐:2010年)
   ☆ 人 類  多産の理由
○特定の相手とペアになり、家族を構成する。
○人類は多産である。出産後40日で妊娠が可能となる。
○二足歩行で、小エネルギーで広範囲を歩けた。
○脳の大きい子供を産むためには、未熟な段階で出産。
○群が共同して、未熟な子供を育てる=家族。
  (子供期:離乳しても大人と同じ食物が食べれない時期をもつ。)
豊かで安全な場所から、肉食獣など天敵の多い危険な場所に出てきたから死亡率が高くなった。
700~600万年前 ☆ サヘラントロプス(700~600万年前)
600~580万年前 ☆ オロリン(600~580万年前)
☆ アルディピテクス=国立エチオピア博物館蔵(トゥーマイから続いたヒトか?=歯の形状がよく似ている。)
570~440万年前 ☆ ラミダス猿人(570~440万年前) エチオピア・アファール村で化石発見。
  アルディプテクス・ラミダス。 二足歩行、手はチンパンジーよりも小さい。しかし、チンパンジーのようなナックル歩行をした形跡がうかがわれない。犬歯が小さい。
  足の指は、物が握れるような構造。脳容積はチンパンジー並。化石発見場所から多くの樹木化石。
  オオコウモリの化石。人類の誕生場所は、サバンナという説は訂正された。また、チンパンジーから分岐したのではなく、両者が他の何かから進化した物と思われる。
  「樹上から降りたから、二足歩行をせざるを得なかった」のではなく、食糧をより多く雌と子供のところに運ぶための二足歩行であったといえる。犬歯の大きさがチンパンジーのそれと比較して小さかった。
  これは、 猿人が雌を獲得するために、大きな犬歯を誇示して、または、武器として使ってはいなかったと思われた(2010.7)。
500万年前  ヒマラヤ隆起(5千万年前にインド大陸がアジア大陸に衝突して隆起を始めた)の影響で、夏は乾燥しアフリカの気候を大きく変えることとなっていた。
420~390万年前 ☆ アナム猿人(420~390万年前)
☆ アウストラロピテクス・・・250万年前の説:石器を使い出した頃か? (2008.11更新
370~300万年前に絶滅 ☆ アファール猿人370~300万年前に絶滅。身長1.1~1.5m。脳400cc。果実や地下茎を食す。 東アフリカに生息。体重30~60Kg
300万年前    大地溝帯によって様変わりした東アフリカの草原には、特殊な草で覆われることとなった。それは「C4植物」と呼ばれるイネ科の植物であった。この植物は驚くべき能力を持っていた。
 C4植物の能力 
  普通の植物は葉の中の細胞で光合成を行うのだが、この植物には葉脈の周りにも細胞が集まっていた。
 ここで集中的に光合成が行われて糖が作られた。
 ここで、材料の二酸化炭素Coを、20倍に凝縮して吸収することが出来た。
 今までの植物に比べると、まるでターボエンジンのような仕組みであった。
 二酸化炭素の濃度が増えれば、光合成によって作られる糖の量も増えるのである。
 この能力のお陰で、強力な太陽の光を存分に利用できたのだ。
 更に、光合成を行う細胞は、「スベリン」という膜で大切に覆われていたのだ。
 従って、乾燥にも強く、少ない養分でも十分に育つことが可能だったのである。
 サバンナの気候に適した植物であった。普通の植物の8倍の生産力を持っていた。
 ほぼ100%、この植物で覆い尽くされていった。しかし、この植物は、今までのほ乳類には消化しにくい植物であった。
 ユーラシアから渡ってきた小さな動物はこの植物が消化可能であった。アンテロープと呼ばれる牛の仲間であった。反芻獣の祖先であった。
反芻獣の C4植物の消化能力 
  第一胃では、セルロ-スに加え、スベリンをもバクテリアが消化した。
 そして、糖やビタミンが吸収された。
 第二の胃から、一部消化された内容物が口に戻されて、歯で更に細かくかみ砕かれて、同時に唾液によって水分が補われて、バクテリアの活動が活発になるのだ。
  第三の胃では、草の養分を糧にバクテリアの大増殖がおこる。
 そして、第四の胃に送られて最終的な消化が行われる。
  ここでは、草だけではなく、バクテリアそのものをも消化されて、反芻動物は草だけでは得られない動物性蛋白質も吸収することが出来るのであった。
 バッファローのあの筋肉隆々とした姿は、この消化機能によって作られたのだ。
 特別な胃を武器に、アンテロープ達は繁栄をした。
 また、オカピは草原に進出して高い木の上の葉を食べられるように首の長い動物・キリンに進化した。
 キリンには、高さ5mまで血液を送らなければならないが、首を下げたときには血圧調節のための「ワンダーネット」の機能によって、脳に血液が大量に流れ込まないような仕組みになっている。
 この
「ワンダーネット」が、オカピにもある。生きた化石とも言われ、キリンの祖先とよく似ている。オカピの「ワンダーネット」は、暑さから脳を冷やす働きを持っている。
           
 現在
(2008年)、アフリカのアンテロープは100種類を超える。インパラのような小さなものから、トピ、後ろ足で立ち上がって高い木の上の葉を食べるゲレヌク、岩の上に住むクリップスプリンガー、あるいはシタツンガ・・・、バッファローの様な大きなものまで、その大きさや姿は実に多様である。
           
 この頃に北米と南米は地殻隆起のために陸続きとなる。ジャガーやサーベルタイガー更に人間が南米大陸に移動可能となる。それまでに生息していたアルマジロの祖先・グリプトドン
(2m以上の巨体)やナマケモノの祖先:メガテリウム(体長5m)等など草食動物が絶滅に向かった。後の1万年前にはそのほとんどが姿を消した。
250万年前   ☆ アウストラピテクス・ガルヒ・・石を割っただけの単純な石器使用
220~130万年前

ボイセイ猿人 
 ☆ ボイセイ猿人(220~130万年前)も、この頃約100万年間共存。あごが特殊化していることから堅い種子や地下茎を食す。道具は使用せず。環境の変化により、約100万年前に絶滅。1.2~1.5m。体重40~70Kg。東アフリカ生息。
200万年前




アフリカに大地溝帯



ホモエルガステル

パラントロプス・ロプストス
 ここから氷河期に入っていく。この頃熊の種類、パンダを入れて3種。
 200万年前の現状・・・アフリカに大地溝帯が出来、その両側には高さ2000mの山が連なった。アウストラロピテクス:石器を使い出した頃か? (2008.11更新
 内陸部はサバンナとなる。このサバンナによって、ここに棲む生物の勢力図が一変した。
 草食獣と肉食獣の進化が大幅に変化した。
  この頃には、二種類の人類が存在していた。この二種類の人類は、弱肉強食の世界に進出していったのである。
 これは危険と隣り合わせの選択であった。この頃一大勢力を誇っていたのはサーベルタイガーであった。このサーベルタイガーに襲われた痕跡のある人頭骨の化石が発見されている。
 南アフリカの最南端・ノースウエスト州人類のゆりかごと呼ばれてユネスコの世界遺産に登録されている。
◎ 170万年前から150万年前の地層
 ・・ここから、共通の祖先からまったく性質の異なる二種類の人類が共存していた(化石発見)。この頃は地球環境の寒冷化がはじまっており、アフリカの熱帯雨林は草原化していた。
この頃から人類の脳の容積が大きくなり始める。
 ホモエルガステル→170cmの身長。 脳の容積900ml。
 木の根を食べたり、死んだ獣の肉を食べていたと思われる。肉食獣の残した肉を食べる。
 肉食獣は、柔らかい内臓を食べる。残った部分を食べ、骨は割って骨髄まで食したと思われる(200万年前の草食動物の化石にその痕跡がある)。狩りを行うより簡単に手に入れることが出来た。
 パラントロプス・ロプストス→ 頭の上に突起:顔の筋肉を支える為の突起。150cm 丸い顔。
 咬む力は現代人の三倍はあったと思われる。脳の容積500ml。
 化石の歯によって「ハイポクセス
(現存するランの一種)の固い根を食べていた。」ことをが分かった。
 この100万年後滅する。

180万年前  アフリカから各地へ     ホモエレクトス、石器の使用が器用になる
150万年前    この頃には,人類は体毛を無くしていた。(化石による)
180~30万年前
ホモ・エレクトス
② ホモ・エレクトス(原人)180~30万年前。
 ・・160万年前の地層から発見。野火や落雷を利用して火を利用
(140万年前には火を支配・管理)
 栄養摂取量の増加により、ホモ・ハビリスよりも脳が大きくなり歯が小さくなる。高度な石器発明。
 脳の側頭葉にブローカー中枢の存在が確認された(160万年前より言語を話すようになったか?!・・・・・
2008,11更新
100万年以上前

インドネシア諸島に
 100万年以上前には、インドネシア諸島に原人が住んでいた。
 地球は氷河期に入り、海面が130mも低かったため、移動が可能になったのだ。(ジャワ原人)
○ オーストラリアへ異動 (アボリジニ)
  壁画:2.8万年前の物。海に隔てられた島へどのようにわたったのか?を知ることが出来る。
 80万年前    タイ・ベトナム・中国南部・ヴェトナムなどアジア一帯に、小惑星が降りかかり、地上に達する前に爆発。すざまじい高熱地獄となる。この地域に生きていた人類は全滅したと推測できる。(2008年1月放映・更新)
78万年前    南極に巨大隕石 (BS放送大学「太陽系の科学」) 
60~4万年前 ③ 古代ホモ・サピエンス(60~4万年前)
50万年前  ハイデルベルゲンシス:アフリカに誕生。・・・→人類の脳が急激に拡張し始める。(この頃、ハイデルゲンシス人やネアンデルタール人とホモ・サピエンスと分枝したか。・・・「ゲノムが語る人類全史」アダム・ラザフォード著 文藝春秋) 
50万年前~3万年前










50万年前~3万年前



ネアンデルタール人(ホモ・ネアンレルターレンシス)  この頃、ホモサピエンスと枝分かれ。
 3万年前に絶滅イラク・シャニダール洞窟に、死者に花を捧げ埋葬した痕跡か?と一時話題になった。今にもある野草の種類(7種類)であったが、これは埋葬後にペルシャスナネズミの掘った穴に花粉が紛れ込んだことと思われた。埋葬の儀式や祭儀を示す証拠はなかった。
 脳の容積1、520ml。氷河期のヨーロッパに棲息。
 現生のホモ・サピエンス
(クロマニヨン人)と一時期共存。言葉をしゃべってはいたが、言葉の母音が自由に発音できなかった。猿類と同じように喉仏が高い位置にあった。従って複雑な言語を操れなかった。ホモサピエンスとはこの点が異なっていた。
 フランス南西部のペリゴール地方に多くの遺跡がある。その中のレグルドュー遺跡は7万年前のネアンデルタール人の最盛期の遺跡だ。
 彼らは、至近距離から獲物と対決する勇敢なハンターであった。化石には骨折の跡が多い。バイソンなどを狩り、最盛期には50万人程にもなった。希にホモサピエンスとの通婚もあった可能性も否定できないが、独自のDNA配列といってもよい。
50万年前頃  ハイデルベルゲンシスからホモサピエンス&ネアンデルターレンシス分岐
40~13万年前  ネアンデルタール人進化
12~5万年前  この頃は、ヨーロッパにはネアンデルタール人のみ
 リチャード・G・クライン、ブレイク・エドガー
20万年前~ ⑤ 現代ホモ・サピエンス20万年前~)  投テキ具を発明して、槍を遠くまで投げることができた。
4万年前    この頃、地球上に存在した猿から進化したヒト科の種は、インドネシアのフローレス原人Floreiensis・のユーラシア大陸のデニソワ人Denisovans、ネアンデルタール人Neanderthal(20万年ほど存在した)、そして私たち、この頃、コーカサス山脈を越えたホモサピエンスだった。
2万年前   この頃、寒さが最も厳しくなる。
1万年前~  1万年前から、人類は牧畜を始めたか? 遺伝子の一カ所が組み替えられて、牛乳を消化する酵素を作るようになる。南米大陸に、それまでに居なかった肉食動物が進入。多くの種が捕食され絶滅した。
 6度目の大量絶滅の時代を迎えている。しかも、それは今までになく速く進んでいる。
 人類が現れてから、絶滅する生き物が飛躍的に増加した。今後数十年で地球上の四分の一が絶滅する可能性があることが分かっている。
 何も手を打たなければ、今世紀の終わりまでに半分の生物が失われるかもしれない。危機的な状況である。(2008年更新:ハーバード大学 E・O・ウィルソン)
  森林の伐採
 ② 川を汚染
 ③ 空気を汚染
 ④ 世界各地によそ者の動物を移動する。
一番良いのは、先に、人間が絶滅することかもしれない?!
 この50年で、人口は2倍に増えた。
 温暖化は益々進んだ。やがて、赤道付近は砂漠に変わるであろう。
 海面は上昇し、陸地は益々狭くなって行くであろう。
 飢饉と共に戦争が始まり、伝染病がはびこるであろう。
 薬の原料である熱帯植物は、砂漠に飲み込まれていることであろう。
 人類の知性は、”自然”と共生できる類い希なものではない。我々は、長く生きてきて人間は全てのルールを破っている。我々の生活は、あまりにも人工的で、地球の中では維持できなくなっている。
       (ロンドン自然史博物館 マイケル・ボウルター)
補足:☆ホモサピエンスとネアンデルタール人との遭遇☆ 「一万年の旅路 ー ネイティヴ・アメリカンの口承史 ー」 より抜粋:
 絶滅してしまったネアンデルタール人と我々の祖先・ホモサピエンスとが、どこかで遭遇していたことは、容易に想像できる。
 以下に示す抜粋文章
(P224~)は、この時の状況を示すモノだという。
 伝えた女性 →Paula Underwood 氏。
 1932年ロスアンジェルスに生まれ、幼少時より父についてアメリカ北東部の先住民に伝わった長大な口承史を学び思春期までに正式な継承者となった。
 「大海(おおうみ)との再会」
 
「(前略) こうして、彼らはついに大海が見つかったことを確認する。
 ところが、そのほとりには新しく到着した一族のための場所がなかった。
 なぜなら、見下ろす<大海のほとり>には大勢の民がいたからだ。
 何世代も掛けて、旅を続けるこの一族であった。
 これまでの間、不毛な土地での飢えや、乾燥の地での耐える術を学んできた。
 その間には、人口増加によって、または、その他の理由で一族の中の一員達との別れもあった。
 その様な結果、アフリカを出た一族達の枝分かれは各地で行われてきた。
 北アメリカ大陸に辿り着いて、ここに至るまでにいろんな種族に出逢っている。
 もはや言葉は異なって居た。・・・が、手話で交流したりする内に、お互いの言葉を理解し合ったりした。
                  ***************
 海辺に出ようと、必死に歩いたが、この時にも一族の中では、意見が二つに分かれた。
 そこで、意見を異にする集団は違う方向を目指した。
 しかし、ここで出逢った人びとは、今までに出会った集団とはちょっと違う様子だったのだ?!
 しかもその民は、二本足にはちがいないものの、一族がそれまでに出会ったり、記憶にとどめたりしてきた中で一番異質な者たちだった。
 その者たちは背が低く、一族より肌の色が濃いが、それまでに見た中で一番濃いというわけでもなかった。
 丸顔の上の髪の毛はもともと短いのか、でなければ何らかの方法で切ってあり、生まれつき剛
(こわ)いくせ毛らしく、一本一本の毛が曲がりくねって伸びていた。
 その体には一族が残しているよりたくさんの毛が生えていたので、一族は彼らを大海へ出てきたばかりの民ではないかと想像した。
 何代も何代も海辺で暮らす民なら、そんな毛の覆いは不都合なはずだからーーーーー。
 かつて、大昔のこと、伝承によると、・・・・、地球の温暖な時期が訪れて、海面が上昇した。
 この時に、山を目指して山の暮らしを選んだ集団もあったようである。
 しかし、彼らは海辺で暮らしだったのだった。
 伝承によると、イルカと仲良しになって、イルカに泳ぎを学んだという。
 『人魚伝説』を裏付けるお話である。
 この間の何世代を経る内に、「体毛がそぎ取られた」と、述べているのだ。

                   ***************
   
LINK   脳について(男の脳・女の脳
 二本足の性質からして、ある者は心が広く、他の民に出会うことを怖れないが、ある者は生活に少しでも変化があると、ことごとく怖れを抱く。
 そこで一族は、その高台から静かに見守ることにした。相手の喜ぶ近づき方がわかるような状況を待ったのである。
 しかし、そういう状況は起こらなかった。最後に、たくさんの話し合いのすえ、一族の中から三人を選んで浜へおろすことになった。相手はとても大勢だったから、新しい民が三人ぐらい現れても問題にならないはずだった。
 ところが、それが問題になった。
 われらの若い男たちが近づいていくと大騒ぎが起こり、盛んに棒を振りまわされたので、この民と出会わせるためにわれらが送った三人は、無抵抗のしるしに屈みこんだまま、浜のはずれの真水に近い場所まで静かに引き下がって、そこに腰をすえた。
 そして、彼らが学んだのはこういうことだった。
 この民は見慣れぬものすべてをたいそう怖れた。彼らに不安を抱かせたのは、色白で背が高く、まっすぐな足をしているという、わが一族そのものの特徴だけではなかった。
 ネアンデルタール人の体型は、胴長で脚は左右が内側に湾曲して短かったという。
 発掘の結果、食人の習慣があったそうである。他集団のネアンデルタール人を捕まえて食したらしい。
 死者埋葬の習慣はなく、死んだ仲間は邪魔者を扱うように捨てた様子であったと言う。
                         ***************
 この「口承史」によると、この一族には食人の様子は述べられていない。

    参考文献:「5万円前に人類に何が起きたか? ー 意識のビッグバン ー」 新書館
 手のとどきやすいところにかれらのものとは異なるわれらの道具を置いても、怖れて触ろうとしないのだ。
 わが一族なら、一番小さい子どもでも、ゆっくりと、好奇心をつのらせながら近づいただろう。
 ところがこの民はだれも近づかないばかりか、われらが彼らにあらためさせる道具を相手の足元に置こうと前に踏み出しただけでも、あわててうしろへ引き下がるのである。
 異質な民どうしのあいだで見慣れぬものにゆっくり近づいていくとき、ふつうはこんなふうに道具を見せ合うと接触が楽になるのだった。
 この民の男たちは、いつもわれらと彼らの女たちのあいだに割って入ろうとするようだったし、子どもはかならず女たちと一緒にしかいなかった。
 女たちは男に輪をかけて恐怖心が強そうに見えたが、それがわれらを怖れているのか、彼らの男たちを怖れているのかよくわからなかった。
 女たちが集団で男たちと言い合いをすることはあっても、女が一人で男と議論するところは一度も見たことはなかった。これはわれにとって大きな謎だった。
 われらが生きる上で欠かせないと考える敬意をたとえ彼らの誰かが示していたとしても、われらにはそれが読み取れなかったからだ。
 彼らが意思疎通するやり方も、われらには不可解なものだった。
 声の出し方に、われらに聞き取れる決まった法則があるように思えなかった。
 彼らのは話すというより、まず注目を集めるのに大声を出しておいて、それから身ぶり手ぶりで思いの方向を伝えられればいいところであった。
 なのに、そんな声や身ぶりからは予想できないほどたくさんのことを伝え合っているので、われらはよくよく観察してそのしくみを理解しようと決めた。
 最後に、彼らの驚きぶりがいつまでたってもおさまらないため、三人の男たちはいったん引き上げて、何かほかの方法で二つの民の相互理解を図ることにした。
 この砂地に住む民の暮らしを観察してわかったのは、大海から得る彼らの糧がほとんど決まった種類に限られることだった。あるとき、われらは彼らの女の一人が幼い子どもを連れているところを見つけた。
 女は低い山を西側へ越えてきたのだが、明らかに何か食べるものを探していた。
 女が根っから臆病なのを考えて、わが一族のうち二人がゆっくり慎重に近づこうとしたとき、仰天するようなことが起こった。
 彼らの男の一人が大急ぎで同じ山を越えてくると、われらが近くにいることなどおかまいなく、見つけた彼女に向かって棒を振り回し、たいそうな剣幕で追いたてて、その低い山の東側へ連れもどしたのである。
 この民がなぜ、ただ女たちを近くに引きとどめておくだけのために、もっとたくさんの生きる糧を手に入れたり、その種類をふやしたりしないでいるのか、それもわれらには大きな謎だった。
 とにかくわれらは、この民が男も女もなぜあのようなふるまい方をするのか、外見からわれらが予想するよりたくさんの意思疎通をどうやってするのか、二つの謎が解けるまで、その低い山の西側で生きていくことにした。
 はたして二つの疑問が解けるものか、われらには解けずじまいになるのか、それもわからなかった。
 いずれにしても、南にはじめじめした湿地と大きな川があり、この民が彼らの<大海のほとり>を使わせてくれそうな気配はまったくなかったので、われらとしては明日を築く場所を北に探そうということになったのだ。
                 
 さて、われらはもう一度試みた。
 わが一族の三人が、さまざまな贈り物をもって出かけ、それらを彼らの真水の沢のほとりに置いた。
 三人はすぐにもどってきたのにもかかわらず、かれらは贈り物を受け取ろうとしないばかりか、その沢の水を飲むことさえためらうようになったらしい。
 最後に、われらは贈り物をもち帰り、自分たちの飲み水としては湿地のはずれに水が流れる場所を見つけた。
 ただしそこまでは遠く、流れる水が見つかるまでに多くの者がぐあいを悪くした。
 さて、すべてがもとどおりになったかに見えた。
 われらが低い山の西側にいるかぎり、この民はみな安心しているようだった。だれ一人、二度とこちら側にやってくることはなかった。
 彼らが遠くにいるわれらをまったく気にかけない様子なので、われらは彼らの目がわれらと同じくらい見えるのかどうかを怪しんだ。
 彼らのすぐそばまで近づいたことのある者たちによれば、どうやら彼らの目はおのれの鼻ばかり見つめる斜視の傾向があるらしく、身近なもの以外よく見えるかどうか疑わしかった。
 さらにわれらの存在に彼らがあれほど不安を示すのは、そういう目の見え方に原因があるかも知れないとも考えた。
 そこでわれらは、彼らの気に触らないやり方でこの民を研究することにした。
 一族の中で一番目のいい者たちを選び、彼らだけに限って遠くから調べられることを調べる役目を与えたのである。
 彼らはまず、近づくのとただ姿を見せるのとで、この一族が 違う反応を示すかどうかを確かめることにした。
 くる日もくる日も、、彼らはさまざまな距離や近づき方を試してみた。
 それでわかったのは、一定の距離さえ保っていれば、こちらがいないも同然だということだった。
 さらに、姿を見せず近づいて注意深くじっとしていれば、やはりいないのと同じに反応がないということもわかった。
 こうして何日ものあいだ、この民を邪魔せずにいろいろな角度から観察していった。
 昼と夜がくり返すうち、わが一族はこの民が火を使わないことを知った。
 大海
(おおうみ)の温もりのそばに住む民にとって、火の暖かさはそれほどありがたくないのだろう。
 それにしては、彼らも独特の衣をまとっていたがーーーーー。
 もしかしたら、火であぶって柔らかくした植物の根など、生きる糧の大半を大海から得る彼らには興味がなかったかもしれない。理由はどうあれ、われらほど火を使わず、<中つ火>を炊くこともなかった。
<中つ火>とは、
 集団でたき火を囲んで暖をとりながら、”もの見”の見聞きしたことやいろんな発見したことなどを話し合うことを示している。
 それだけではない。
 見張り役の者たちは、暇つぶしと調べをかねて注意深く彼らの人数を数えはじめた。
 何度も何度も数えるうちに驚くべきことがわかった。わが一族の中では、女と男の数がだいたい釣り合っていて、いくらかの女の数が多いのがふつうだった。
 ところが、この民にはそういう釣り合いが見られない。
 かわりに、たんねんな人数調べからわかったのは、彼らの割合が男三人に対して女二人だということだった。
 そこでわれらは、低い山の西側にさまよい出た女を、男の一人が海側へ追い返したことを思い出した。
 彼らの男たちが女たちを怒ったように扱うのは、この不釣り合いが原因かもしれないと、われらは想像しはじめた。
 そのとき、もう一つ別な思いつきが浮かんだ。
 たとえ彼らがわれらの男たちを友として受け入れず、われらの贈り物を受け取らなかったとしても、われらの女たちなら贈り物か友として受け入れるのではないか、と。
 そこで、このことが盛んに話し合われた。
 たぶん、そんなふうに浜におりていったら、むこうの民に加わるのは簡単でも、抜けるのが大変になるだろうと思われた。それでも、みなはこの民についてもっと知りたい気持ちが強く、またその知識を得たうえで、北の方にわれらの場所を見つけたいという望みも強かった。
 そこで、われらの中から三人の女をえらんで浜へおりてもらうことになった。
 そして、その三人は一番強い女たちの中から選ぶことも決まった。
 われらの女たちは棒に怖じ気づく習性などなかったから、そういう強い女なら彼らのところを離れてもどってくることができるはずだった。
 こうして、そのための合図が決められた。
 一族のところからは、遠出した見張りも、じっと座っている見張りも、手にとるように見えたからだ。
 逃げる手はずは、女たちのだれかが沢に水を汲みにいくとき、見張りと互いの様子を知らせ合って決めることになった。
 そして、ことは次のように運んだ。
 われらの三人の女は、おずおずとながら、さほど問題なく受け入れられた。
 むこうの男たちの何人かに、三人まとめて手早くほかの女たちと
一緒の群れに入れられたので、おとなしくその仲間に入った。
 見張りの目には、ときおりわれらの女たちとむこうの民の女たちのあいだで言い争いが起こるのがはっきり見えたが、三人の女とむこうの男たちが言い争うことはめったになかった。
原訳注:「女たちと一緒の群れに入れられた」・・
 <海の民>が女たちを動物のように群れにして扱うのを見たとき、<歩く民>はその考えが理解できず、描写にも苦しんだ。
 現在の人類学者や国際情勢の専門家が、異民族の行動や考え方を理解したり、それを記述したりするのに苦しむのとよく似ている。
 ここでは「群れに入れる」と表現したが、じっさいには「彼女らの意志に反して束縛する」といったほうが伝えられているイメージに近い。
 
 毎日、三人のうちだれかが沢へ近づき、満足だとか、問題はあるが無事だとかを合図で伝えた。
 身の危険が迫る兆しはなかった。
 そのいっぽうで、われらの見張りたちは彼らの狩りのしかたを調べた。水中の生き物を探すのがかれらの狩りだった。
 ときどき、彼らのだれかが棒で差し示しながら大声で叫ぶ。
 そしてわれらには理解できないような方法で、あっというまに自分の意志を伝えるのであった。全員が何か一つの取り決めにしたがっているのはまちがいなかった。
 しかし、それがどんなやり方なのか、当時のわれらには見当がつかなかった。
 それでもとにかく、第一声が上がるとまたたくまに全員が整然と動き、何か大きな水中の生き物を捕まえようとする。かといって泳ぎが達者なわけでもないため、全員が共通の目的をめざして互いに助け合うのであった。

 このようにして日々がすぎていったが、最後にある朝、われらの女たちの一人が沢から合図をよこし、まもなく逃げ出すことを伝えてきた。
 彼女らが北への出発まで三日待つと言うので、われらはそれでじゅうぶんだと返事をした。
 さてその三日目、この民のあいだで大騒ぎがはじまり、大声で叫んだり言葉をかわしたりするのが聞こえてきて、われらにも何か一大事が起きていることがわかった。
 最後に、われら三人の女がほかの者たちから離れると、むこうの民が三人を追い払う様子が見えた。
 女たちに危害を加えることはなかったが、その意図は明らかだった。
 そんなわけで彼女らが離れるのは、加わるときより楽なくらいだったのである。

 さて、ことのなりゆきはこうだった。
 この民がもっているらしき意思疎通のさまざまな技に照らし、彼らの子どもを一人われらのところに連れてきても悪くはなかろうという取り決めが、あらかじめなされていた。同時に、これを成功させる一番簡単な方法は、三人の女たちがふつうのやり方で
子どもたちをもたらすことだと思われた。(妊娠・出産をさす。)
原訳注:「子どもたちをもたらす」・・
 妊娠・出産をさす。 
 むこうの男たちの性質からして、一族は女たちにそんなことは求めはしなかった。
 にもかかわらず、それは与えられたのであった。
 あとからわかったことなのだが、三人の女たちは、少なくとも二人が子どもをもたらす体になったことをはっきり知ったらすぐ逃げようと示し合わせていた。
 こうすれば、むこうの民のあいだでたくさんのことを学ぶだけ長く暮らせると同時に、長すぎて別れの悲しみが大きくなりすぎることもないと考えたのだ。
子どもをもたらす体・・
 
時代を遙かにさかのぼったある時、この民たちは男女の集団を区分けして検証している。
 このとき、男と女の性行為が、かなずしも子どもを妊娠するものではないことを、確認している。
 こうして、彼女らのうち二人が自然からこの特別な恵みを授かった。
 ところが三人ともその勤勉さをありがたがられるあまり、離れたい気持ちを伝えると大問題になった。
 そこで、三人はむこうの民に自分たちへの敵意を抱かせ、歓声とともに追い出されるようにすることに決めた。
 そのため、三人はむこうの民を注意深く研究し、彼らに好まれるような行動を心がけるいっぽうで、どうしたら嫌われるかの観察も怠らなかった。そしてそれは大成功をおさめた。
 三日目に聞こえた大騒ぎはその成果だったのである。

 とはいえ、彼女らが友と呼んだ男たちは別れるのをいやがり、ほかの女たちを全員彼らに敵対させることによってはじめて、楽々と出てくることができたのだった。
 未来の子どもを連れ去ることをむこうの民に知られれば、反対されるだろうと三人は考えた。
 そこで、彼女らはこのことを知られないよう細心の注意を払い、子どもを宿さなかった三人のうちの一人にまで、そういう兆しがあることを隠していた。
 この民は、女たちを群れにしてめったに自由に歩かせないのと同じく、子どもたちも一まとめにしていたから、これは賢明なやり方だった。
 彼女らには、そんな窮屈さも目の見え方と関係があるように思われた。遠くがよく見えない民は、勝手に歩きまわることも許したがらないだろう。
 また男と女の数の不釣り合いも、遠くへさまよい出すぎるものがいるせいかもしれなかった。
 あるいは、出来のいい道具をもち去るのと同じように、近くの民が遠目のきかない女たちをさらっていく可能性も考えられる。三人の女によれば、むこうの女たちは何でもいいなりになる習慣だったから。
 さて、見張りたちの観察を三人の女がまぢかで確かめたことはまだある。
 それというのも、何かにつけ三人以外の全員が事情を呑み込んでいることばかりだったからだ。
 あらかじめ決められた納得ずみの行動が、三人以外の全員ではじまることが多かった。
 三人は、そうした納得が声や動作から生まれたものないことを確信していた。
 それよりも、そんなときの彼らは
想いを共有しているというのが彼女らの見方だった。
 想いを共有したい相手の注意を引きさえすれば、用が足りたからである。
原訳注:「想いを共有している」・・
 一種のテレパシー能力か。 
 また、それ以外のとき、この民の心に全員が共有するような一致した見方が生まれ、一致した行動につながることも、彼女らは見ていた。
 しかし、どういういきさつでそういう結論に達したのか、三人の女たちにはまったく読み取れなかった。
 それはそれとして、あとは二人の子どもがわれらのところへやってくるのを待って、彼らのもたらす贈り物を理解するだけとなった。
 
それ以来今日まで、われらのあいだにはしばしば、内側を向きやすい強い魂の目をもった者が生まれてきた。
それ以来今日まで・・
 
最初は二人の混血の子供が生まれた。
 そして、その後「しばしば」、その二人の子どもの血筋を引く子どもが誕生したことを示している。
 この、口承史は、この間に何世代も経過していることを意味している。しかし、どのくらいの年数かを知ることはできない。
 そして、ふつうそうした者たちの中には、語らずして耳を傾け、言葉をなくして聞く性質が宿る。
 このような能力は、三人の強く賢い女たちが与えてくれた贈り物として、われらのあいだで大切にされている。
 わが一族のもとから歩み去って未知の環境へ飛び込み、
見知らぬ民の中に道をつけたうえ、みずからの知恵で切りひらいた道をもどってきたあの女たちだ。
原訳注:「見知らぬ民」・・
 
この節で語られる様々な特徴から、著者はこの異民族をネアンデルタール人(旧人)ではないかと想像している。
 
斜視で遠くが見えにくいと言うハンディが本当だったとすれば、定説となっている謎の絶滅(ないし新人との交代)に関与したかもしれない。 
 いざ、彼女らの知恵を祝おうではないか。北への道を歩もうではないか。  
          LINK  ネイティブアメリカンの口承史  

      
アフリカ大陸で誕生し、その後、
20万年前(14~29万年前:Newton)   人間誕生
◇ 2003年6月新聞報道・・16万~15.4万年前の人骨:大人と子供。脳容積1450cc。頭に石器で削った痕跡:儀式か?場所は、アフリカ大陸・エチオピアヘルト村。
 12.5万年前の象の化石から、・・・・・・・
     肋骨部分の間に、完全な
槍が発見された。
10万年前 10万年前に移動が始まった。(ある集団はヨーロッパ大陸へ、或いは東南アジア大陸へ、)
3万年前 ネアンデルタール人絶滅  (50万年前に現代人と分枝した。)            
1.2万年前 フロレス原人絶滅(俗に言う”コビト族”おとぎ話に出てくるようなお話!:80万年前~) 
2万3000年前 日本列島へ人類
Ⅱ 日本人のルーツ23,000年前のシベリア(かれらは、マンモスハンターであった。)
  日本人のルーツ 
◇ シベリアにはぐくまれた知恵
◇ 大海原を越えた南の海の民
     ◇ 中国大陸からイネを携え ・・・ の混血。
 2万年前 地球上でもっとも寒い最寒冷期を迎えていた。平均気温10℃下がる。
 植物のまったく生えない極地砂漠であった。
 そこで、動物も移動。食物の採取できない地から移動を余儀なくされたと思われる。
 ベーリング海峡を経てアメリカへ、或いは中国方面へ、また、ある集団はサハリンから日本列島へと、移動したと思われる。
 ◇ 千葉県茂原市 下太田遺跡4500~2500年前の遺跡 縄文時代中期から晩期にかけての遺跡
ミトコンドリアDNA  タイプ8が  8体/24体中(現日本人の1割強を含む)
 このタイプは、中国やロシアなど東ユーラシアに多い。中国のチベット族に一人いた。雲南省  3万年前(1200代前)の母親は同じだった。女優 天海祐希 にたどり着く。
 ロシア医学アカデミー :バイカル湖周辺に多いタイプ という。 3名存在/15人中。ブリアート博物館に発掘品。
 ◇ 1万年前~5万年前に遡ると、日本人は9人の母から生まれた。 国立遺伝学研究所  斉藤成也教授

 今、世界に132の民族が存在している。・・
  ミトコンドリアDNAのタイプは、35種。日本人は9タイプ存在。その後、更に分析が進んだ。
        
LINK   日本人のルーツ
ま と め
無機物の世界 ・・・・宇宙の星は、崩壊し、チリとなり、また、新たな星を作っている。
○ 世界を構成する元素: 90種余り(H,He,・・・・・Th,Pa,U)
   そのうち、25種類が生命に欠かせない元素 ・・・・・・ これらによって、動・植物のいのちを
◇ 植物の十大栄養素は: C、H、O、N、S、P、K、Ca、Mg、Fe
◇ 動物の栄養素:脂肪、タンパク、炭水化物、灰分(ミネラル)、ビタミン類も、
             それらの元素によって構成されている。
◇ ヒトの必須アミノ酸:
   リジン、チロシン、ギアニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、スレオニン、トリプトファン、メチオニン、フェニルアラニン

○ 2万3000年前に、日本列島へ人類
(NHK)

                             日本の歴史