9日目(6月28日)ヤン村〜ランガール

 もう、この国に来て1週間が過ぎた、テレビも新聞もラジオも無い生活、日本のニュースなどは入ってこない、5時に起きて、カメラを持って、家の周辺を散策、風は止んでいる、朝、早くから牛を連れて歩いて居る人もいる
朝のヤン村 川の向こうはアフガニスタン 牛を連れて・・・
 ここから見る風景は、穏やかな川の向こうに同じような緑に囲まれたアフガニスタンの村がある、とても近い、違う国の村とは思えない・・・・・・朝食後、民家のご主人の案内で、ヤン村の散策、

 畑は周囲を石垣に囲まれている、風が強い事もあるだろうが・・・家畜が畑に入ってこない様にしてあるだろう、ヤン村はスーフィー修行者(イスラム神秘主義)のムバラキ・ハワニが有名で、その博物館まである、山の方に登っていくと、日時計がある、夕べとまった民家の主人が、この日時計の管理を任されている、日時計は石の真ん中に丸い穴が開いている、この穴を日の出が通れば、農作業の時期を判断する、
日時計 朝日が昇る山 ムバラキ・ハワニの墓
日本でも、残雪の形を見て、農作業の時期を判断した、これと同じ事だろうか・・・・・・山の上にムバラキ・ハワニの墓がある、生前に自分で死期を悟り、墓を用意したとの事、民家の主人は、ムバラキ・ハワニの子孫に当たる、日時計の近くにある博物館へ、

 博物館の入り口にはマルコポーロ山羊の角が飾ってある、内部はバミール様式の家屋、中には今世紀初めに使われていた農具や日用品などが展示してある、
博物館 展示してある日用品 機織機
 ここにも、40日間断食の部屋チェル・ハナや、木の粉で作った紙に書いた古い暦などを見る、博物館からの帰り道は、石垣に囲まれた細い道を通る、途中に村で一番古い家があり、見せてもらう、やはり、入り口は高い扉があり、中に入ると中庭、それを取り囲むように家が建っている、家は広くて、中は絨毯を敷き、壁にも絨毯がある、カラフルな部屋
村の狭い道 家の中に猫が一匹 天井
 部屋の天井が黒くなっているのは、昔、部屋の中で薪などを燃やして暖を取っていた為、天井だけ見ると、日本の古い家と同じである、10時頃に民家に帰り、風呂の用意をして、車に乗り込む、

 昨日来た道を行き、途中から山へ、急坂の為に2号車は登る事が出来なくて、2台の車に分乗する、道は険しいが、上に登るに連れて、素晴らしい景色が広がる、11時、「ヤムチュン砦」で車を降りる、
ヤムチュン砦
 中に入るのは危険で、出来ないので外観を見る、4〜5世紀頃にはキャラバンサライ(旅人の為の宿)があり、賑わっていたとの事、

 ここを通り過ぎて山の奥に向かう、10分ほどで今回2番目の温泉「ビビ・ファティマ岩風呂」に到着、車を降りて歩いて向かう、温泉は岩の上に建っていて、温泉に付くと、現地の人達が入っている、休憩室で待つ、この国では温泉は治療目的、その為に、白衣のドクターが居て、温泉の入り方などを指導している、たとえば・・・・入浴時間は10分以内、入浴前には体を清める、風呂上りは15分以上休憩・・・・・などなど

 現地の女性達が風呂から上がったので、今度は私達が・・・・・・入る、ここでも裸・・・・・脱衣場から木の階段を少し下り、はしごを降りてから岩風呂へ・・・・・・・・お湯は天井から降ってくる?
ビビ・ファティマ温泉 岩風呂
 天然の打たせ湯、湯の下で肩などを打たせる、今回の温泉の温度はあまり熱くないので、のんびりと入っているが、ここの標高は3500メートルは越えている、因みにこの岩風呂は・・・・子宝の湯、      少し・・・いや、大部遅かった・・・・・ここでも男性達は水着着用、女性達は裸、

 風呂から上がり、少し休憩をした後、歩いて車に乗るが、やはり温泉に入った後は、少し疲れる、車に乗り、帰路に着く、途中で馬力不足で登れなかった2号車と合流して、民家に帰ってくる、

 ここで昼ごはん、味噌汁、赤飯、などの日本食の中、民家で作ってくれた焼きそばなどを食べる、出発する時に、民家の人達をチッキで撮り、渡す、今回の現地スタップの若い女性シトラさんも一緒に・・・・
現地スタップのシトラさん 台所で集う家族 民家の人達
 私達の先を車で行き、昼食などの手配やパスポートチックでの手続きなどを行う現地スタップのシトラさん、年は24歳、独身、この国では24歳だと、結婚には行き遅れ、でも彼女はキャリアウーマンを目指していて、結婚には興味が無いとの事、家族も結婚よりも自分の生き方を応援してくれていると言っていた、新しい時代の生き方、これからは、女性の活躍する仕事も増えるだろう、頑張って・・・・・・

 2時半、車に分乗して宿を後にする、今回は3号車、再び川沿いの道を走る、道の側で車は止まる、岩の柱が立っているような場所が遠くに見える、ここは、3〜4世紀頃、仏教徒が瞑想をしていた場所、岩の中には洞窟があり、マルコポーロも旅の途中にここで泊まったと言われている、

 同じ、ヴァン村にある拝火教遺跡の残る丘へ、今回はストックを持ってきていたので、それを使用して登るが、暑い、麓から付いてきていた女の子が手を引いて登ってくれる、
仏教徒の瞑想した場所 手を引いてくれた女の子 丘へ登る
 観光地だとお金などを要求するが、この子達は写真を写して見せるだけで、満足している、何時までも変わらないで欲しい・・・がお礼に何かを・・・・・・・・と思う自分も居て・・・・・・・複雑、丘の中腹辺りにスクーパーがあり、それを城壁が囲んでいる、ここは仏教の僧院跡、と、拝火教(ゾロアスター教)の拝火壇だったとの、二通りの説がある、
仏塔の跡 ?拝火教の拝火壇? 丘から見るヴァンの村
 下山はストックを使って降りる、女の子に手を引いてもらっていて、もし転んだら・・・・・・・女の子までケガをさせてしまいそうだから・・・・・下山中は一人で降りる、

 車の所に戻ると、沢山の子供や村人が来ていた、まだ、外国からの観光客は珍しいかも知れない、再び、川沿いの道を入る、今日は昨日の様に、風は強くなく、涼しい気持ちの良い風が吹く、途中で写真ストップ、写真を撮っていると、子供たちが寄ってくる、本当にこの国の子供たちは人懐っこい・・・・・・写真を撮って見せると例外なく喜ぶ、
上流40キロ先はパキスタン 川のある風景 村の子供たち
 こんなに喜ぶのだったら、写真を送ってあげたいが、郵便事情の悪いこの国まで、届くとは思えない、せめて、画面を見せるだけ・・・

 4時40分、ランガール村(標高2810メートル)に到着、今日の宿の民家に付いた、民家は村はずれの、他に家の無い一軒家、今日はこれで、観光は終わりと思っていたら、これからランガール村へ岩絵を見に行くと言う、車に乗るが、温泉に入り、丘を登ったりで、足は痛いし、疲れた・・・・・・・岩絵はどうでもいいけど・・・・

 車を降りて歩く頃になると、クラクラする、子供たちが寄ってくる、さっき写真を撮った子供たちもいる、人数が増えていて、写真を撮って見せて・・・・・と言うが、流石に疲れてしまい、とても子供たちの相手が出来ない、岩絵は高台にあるので、皆に付いていくのだけで、精一杯・・・・・

 車に戻る為に、村の狭い道を降りて行く、足が痛い、付いてきていた子供たちも諦めて帰っていく、疲れていなかったら相手をしたのに・・・・・・せっかく仲良くなったのに残念、

 車に乗り込み、民家に帰ってダウン、夕食までの時間は部屋で休憩、民家の周りには、内戦の時に使われたと思える戦車の残骸がある、その横に咲く小さな花、
ランガール村の民家泊 民家の近くには戦車の残骸 戦車の側に咲く花
 夕食は入り口近くの座敷、夕食後、民家の主人や仲間達による民族音楽の演奏が始まる、ギターの様なバミールルゴツバ、太鼓の様な楽器ドイク、宿の主人ヨットゴールさんが歌う、歌は放牧の時に良く歌われる歌、

 やがて、賑やかな演奏になり、シトラさんが踊りだす、それに連れて、ガイド、ツアーの人達が楽しそうに踊る
民俗音楽が始まる 歌うヨットゴールドさん 踊るシトラさん
 楽しく踊ってお開き・・・寝る前にトイレに行くが、母屋とは離れている、懐中電灯を持って行かないと、周囲は真っ暗、近くの藪の中でも良いとの事、外は満天の星空、まるで吸い込まれて行きそう・・・大きな部屋に3人で寝る