広島城
所在地 広島県広島市中区基町
遺構 復元天守閣、石垣ほか
形式 平城
築城者 毛利輝元
築城年 文禄元年(1592)、遅くとも慶長4年(1599)正確な年月は不明
撮影日 2005年8月8日

歴史

毛利元就の代に中国地方の大半を支配する戦国大名に急成長。
元就の孫の輝元が秀吉の聚楽第を参考にして、太田川河口の三角州に築城。
しかし関が原の合戦で敗れた毛利氏は萩へ移動。
代わって福島正則が城主になり外堀などの整備を進め、完成する。
しかし洪水で破損した広島城の修築許可の不備で改易。
和歌山の浅野長晟が入場し、版籍奉還まで浅野氏が十二代にわたって治めた。

感想

爆心地近くだったのに石垣をよくぞこれだけ復興させたと関心。
復興された二の丸平櫓、多門櫓、長櫓内部には3代目以降の城主の浅野氏と親戚(?)関係の忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の説明がされています。
悪役の吉良上野介は本当は地元では名君だったと知っている愛知県民の私とMちゃんにはあまり見たくない展示物でした。
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