ちだっち、不法入国す!?(オーストリア)



  どんな人でも海外へ旅に出るにあたって必ずやらなければならないことがある。このように書くと、「?」と思われてしまうが平たく言ってしまえば入国審査のことなのだがこれがまた非常に面倒な代物だと思う。この流れについてはこれを読んでいる皆さんならたいていは理解していただけると思うし、また「オーストラリア」の項目でも書いてあるのでここでは割愛したい。話がそれてしまったが出入国に関して結構痛い目に遭っている私としてはできれば避けて通りたい部分でもあるが、そんな煩わしい手続きをせずに越境できるところを今回は発見してしまったのである。


  オーストリアに滞在していたとある日のこと、どこに行こうか真剣に迷ってしまうことがあった。「本物のアルプスをぜひこの目で眺めたい!!」、という思いを胸に抱いて日本からウィーンまで到着したのは良いがいまいち天気が思わしくない。「海外旅行晴天率においてはランキング上位に常にいるのではないか?」と自負している私にとってはちょっと愕然となってしまった。「まあ、そのうち晴れるかも」、などと気楽に考え(本当はこのような時にだけ登場する都合の良い神様に必死にお願いしていたのだが)ウィーンから一路チロル方面を目指そうと思ったが、その前に青空に映えるハルシュタットの湖もぜひ見たいなどと生意気にも思いチロルへの中継地点にもなるザルツブルクまで列車のチケットを購入した。一瞬チーズのQBBを連想させるオーストリアの国鉄、ÖBBに揺られて約3時間でザルツブルクまで行くことができた。さすがに特急で行くと速くて快適だったが日本で言えば北海道の富良野、美瑛を思わせるような美しい丘のある景観もあっという間に過ぎ去ってしまったのでちょっともったいない気がした。私には珍しく大したトラブルに見舞われることもなく、また親切な教会の老シスターのおかげで何とか無事にユースホステルまでたどり着くことができた。

  翌日、目を覚ますと曇っていてどことなく薄暗かった。夜中に「ザーっ」という音が鳴っていた気もしたが地面が濡れているところを見ると本物だったらしい。目の前にある窓から外を見ると小高い山が見えていたが、ものの15分くらいでガスに隠れてしまった。なんとか雨は降っていないが今にもお漏らしして落ちてきそうな気配である。いびきのような音がしてふと隣に目をやると白人の青年が裸で寝ていた。窓を開け放したうえに裸でよく風邪を引かないものだと感心したが、そのおかげでこちらが風邪気味になってしまったので彼の幸せそうな寝顔を見ていると腹が立ってきた。
  なんとなく予断を許さない気もしたので急いで準備をして出発。朝食で一緒だったシンガポールとタイ人3人組はハルシュタットに行くと言っていたが、これでは霧で「白い風景」しか見えないのは明らかなのでとりあえず街をぶらつくことにした。予備知識がなかったが同じ部屋の人が、「サウンド オブ ミュージック発祥の地だよ」といっていたので見所も多かった。旧市街自体は整った感じでまさにヨーロッパ。日本人が創造するメルヘンチックなヨーロッパとはこんな感じなのではないかとも思う。少し小高い丘に城があり、そのふもとには石畳の道が走っている。伝統的な大聖堂がそびえたつその横にはプラッツと呼ばれる広場がありオープンカフェやワイン、あらゆる食べ物がいい匂いを漂わせている。ブラスバンドが何かを演奏しているその近くには牧草が置かれ、ガスランプを連想させる物をつけた馬車の前にはチェック柄の前掛けをつけた馬が二頭愛想良くこちらを見ている。男女を問わず色々な人がひっきりなしに通りを往来しているのをみて今日が日曜日だったことを思い出した。
  
  あっちへブラブラ、こっちで買い物、と忙しく動き回っているときに突然恐れていた「それ」はやってきた。初めの10分くらいは「ポツポツ」という感じで良心的な対応だったが次第に本音が出てしまったらしく本降りになってしまった。かさは持ってきたので良かったが気分が凹んでしまう。少し疲れもあったのでYHまでいったん引き上げることにした。仕方なくベッドで本をめくっているとオーベンドルフという地名を発見した。ここから地下鉄で約20分、「きよしこの夜」発祥の地という文を読んで再びやる気度が回復、尻から煙が出る勢いとまでは行かないまでも街へのろのろと歩き出した。

  2両くらいのかなりローカルな電車に運ばれてオーベンドルフの町に着いた。といっても無人駅の上に駅の周りには店もあまりなくどこか寂しさを感じてしまう。これが晴れだったら随分雰囲気も違うに違いない。いや、晴れていたら今頃ここにはいないはずである。ある意味運命とも言える不思議な縁に引かれてやってきたのだからなにか面白い物があるのかも知れない、と思い直し町を適当に歩いてみたが閑散とした空気があたりを漂っているだけであった。「はーっ、」、濡れた枯葉を踏みしめながら歩いているとなんとなく今の雰囲気にぴったりな気がして思わずため息が出てしまった。200メートルくらいのメインストリートを歩き切ってしまい次の電車で帰ろうかと思っていたら、ふとこの町にしては少しだけ造りのしっかりした緑色の橋が視界に入ってきた。「せっかく来たのだから」、と思いごく気軽にその橋の方へ足を向けていった。実際に行ってみるとそこは100メートルほどの古い橋だったが欄干には彫刻がしてあったりとどことなく気品を感じさせる何かがあるようにも思えたが単に天気がそうさせているだけなのかもしれない。雨で少しにごり気味のザルツァッハ川を横目に見つつ橋の終わりを目指して歩いていくと目の前に鷹のマークが入った黄色い看板が現れた。その下にはドイツ語でよく分からなかったが文章の雰囲気でドイツに入ったことを意味していることは理解できた。いきなりドイツへ入ってしまったことに驚いて少しハニワ顔にもなってしまったがまあ、パスポートは持っているので問題ないだろうとも思い。引き続き進んでいった。やがて橋の終わりに着いたがパスポートコントロールらしき所はどこにも見当たらない。いくらEUといえどもパスポートくらいは見せるような気もしてもう一度辺りを見回したがそのような施設は見当たらなかった。「これはいわゆる不法入国では?」という思いが頭をよぎったが目の前に広がるオーベンドルフよりは大きな赤い屋根が広がる町並みを見ているうちに冒険心がいきなりやる気を起こしたらしく帰りたいという心を打ち砕いてしまった。「ローフェン」という地名の看板を目の前にして躊躇していたがそんな思いを抱いた瞬間足が自動的にドイツに向かって一歩を踏み出していった。「雨の日も悪くはないかな」、そんな思いが私の心を駆け抜けていった。



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