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高野山へ親子旅 
             
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荒神さま そして 高野山  2001.12.16
長男の薦めで、三人の

子供達と高野山に詣でた。

 次男・長女も一緒の

みんなそろっての旅は、

もう、ずいぶん前に無くなった。
しかし、長男の呼びかけで、
昔子供達が小さかった頃のように、
子供達と皆で揃っての旅。

 今回は子供達からのお誘いだった。

さて、我々夫婦を招待した場所・・
そこは、高野山だった。

 早朝の出発だった。麓について、
未だ尚明けず薄暗かった。
途中、トイレ休憩。喉も渇いた。

紅葉が美しかった。

 先ず、荒神さんに着いた。
 写真は売店前の駐車場。
 一寸標高が高いせいか肌寒かった。
 茶髪は、焼鳥屋「万丸」経営の次男。
 妻は、『寒いから、これも着なさい!』と、母親をしている。
 次男坊。父親の反対を押し切って、辻調理師学校に進んだ。
 卒業後、大阪の「吉兆」で修行。その後 東京の飲食店に勤務し、愛知県岡崎市のお店でも修行。
 そして後、自分の店を持った。
 客の評判がよいので、安心している。
上からの展望はすばらしい!
 「ようおまいり!」との呼びかけがとても心地よい。

 ここで皆一礼して、中に入った。

 そして、左を望むと
 上の写真のような展望となる。
 右手の建物は、食堂であった。
 「帰りにここで食べてゆこう」と、話し合った。
古いお札を納めるところ。

この後ろにお祓いの場所がある。
ここが荒神社。本殿。

何段も階段を上って辿り着いた。

 ちらほらと、参拝者もいる。
 この本殿の前に獅子が居た。
 獅子の表情は、いずこもそれぞれに違って面白い。

 祖父が、村の氏神様の下宮に、獅子を寄贈したという経緯も有ってか、私は、獅子に興味がある。
 どれも険しい凛とした顔!!

 そう言えば、好きな仏像は、あの険しい顔つきの牙をむきだした「不動明王」だ。

 生来、意志が弱く、煩悩多き凡夫の小生が憧れるのも、きっと、理解いただけよう。
 長男と次男。皆、家を出て結婚後マンション暮らし。

 しばらくは、同じマンションの二階に次男、三階に長男夫婦が住んでいた。
 この社殿の下にきれいな丸い玉砂利が敷かれていた。

 「3つなの?」と、妻。
 「そうだ。」と、小生。
 三つ頂いてきた。

 ポケットの内に入れて暖めながら家に帰った。

 子供は、授かった。
 我々夫婦が作ったモノで、しかし、創ったんではない。

 選んだわけでもない。

これも、一つの「出会い」。

三つの石は、私が選んで来た。
 娘が撮ってくれた。
 娘は、目下、老人ホームに勤務。
 関連の大学を卒業して、運良く家から30分ほどの処に通勤。
 夜も遅くまで勤務もあったり、
 呆けた老人に叩かれることもあったという。
 施設に預けられて、そのまま家族の訪問のないまま、毎日のように息子を待ち続ける老婆(母親)が居る。
 玄関に待ち続け、訪れるヒトに「○△は、まだこないかねぇ?」と、息子と想われる名前を訪ね続ける。
 老人を預ける家族にも、いろいろと在るようだ。
 『家庭の事情』とやらが・・。
 因みに、妻の両親はもう居ない。
 家族達の前で、実に静かに逝った。
 小生には、母親が居る。妻が呆け始めた母親の世話をしている。
 この黒い石がその三つ。
 個性的で面白い。
 自然の造形。
 子供は、一心に育てた。 ・・つもり。
 しかし、ふり返れば、子供に育てられた。
 『親が居っても 子は育つ。』・・・か?
 「子は育てるモノではなく、育つモノ。」・・・かな??
 ・・・・。
 いやはや。頼りない父親である。
 さて、荒神様。
 本殿までの登坂はこのように鳥居が立ち並ぶ。
 つづれ折りになって、設えてある。
 息が切れる。
 それでも、行き交うひととどちらとも無く声を掛け合う。
 「ようおまいり!」と、・・地元の人か?!
 帰りに、ふり返って撮影した。

 さて、降りたところに、
 お祓いのための拝殿がある。
 ここで、「家内安全」とか「健康祈願」等と書いて、祈願する。
 一件につき何某かの金額が定められている。
 息子達は熱心に、記帳しお祓いをお願いした。
 小生も「『何がいくら』なんて、気に入らぬ」と、言いつつお付き合いした。
 お祓いの直ぐ下に、食堂が有った。
 そうだ、長男は大学卒業後、名の知れた不動産業企業に就職した。
 随分と高給を取って機嫌も良かったが、転勤等を考慮して退職。

 老後、我々のそばに居て面倒を見ようと言う意志があるようである。
 
       さて、    高野山

2009.8.26 再訪
 実のところ、我々は、老後、子供に頼ろうとは思わない。

 しかし、随分と苦心して、遠回りをして、我々の近くに住まいできる職を決めた。
 安田火災系の保険屋をしている。
 Gold Badge を得て独立した。

 この長男の発案による旅である。
 女人高野を過ぎて、しばらく走ると、しばらくしてここが高野山。
 知人で恩人の坊様のお陰で裏口から、参拝させて頂いた。
 裏から参拝させて頂くのは初めてだ。
 しかし、びっくりした。
 本当にびっくりだった。
 この景色!!
 「まったくこの景色!!」
 以前、二度三度と、同じ景色を、夢で見ていたのだ!!
 夢は、”卒業した教え子達の同級会か、時刻に遅れてやっと辿り着く”と、言うモノだった。
 裏から入らぬと見ることのできぬ、
そのときの光景がいつもこの景色。
 ここだったのだ。

 思わず驚嘆の声を出してしまった。

 ”正夢まさゆめ”であった。

 裏木戸をくぐって入ると、清水が流れる
小川がある。
 沢山の仏像が並んでいる。

順番に柄杓で水をかけながら、

小声で「般若心経」を

何度も繰り返しながら進んだ。


『夢に出て、何度も呼んで下さった。』

そう思いながら、「般若心経」を

繰り返しながら進んだ。
長女、
良い人と巡り会った様子である。
親父は、複雑な心境。

長男・次男に大事な娘さんを
頂いておきながら・・・、
自分の娘は
側に置いておきたいのだ。
次男、荒神様では

何種類もの商いの酒を持参して

ご祈祷もしていただいた。

ここ高野山では、

特にこの場所で熱心に拝んでいた。

長男に次いで、

この次男も得度をした。
清流の川の向こうは側には、
不動明王の石仏。

 清流にはニジマスとアマゴが
泳いでいる。

 やがて石橋を渡ると、空海の本廟が
階段の上にある。

そこまでの道中杉の巨木がそびえて
荘厳な気分になる。

今回、高野山に

直接裏路から入ったので、

今までとはまったく違った印象を得た。

 多くの民間人達の、

競い合うように立てられた

数多くの墓石を見ないで、

空海の本廟に

辿り着いたからである。
そう言えば、高野山の参道の
スギゴケがたまらなく可愛かった。

 地味な小さな花を付けていたっけ・・・。

  長男は、2002年得度した。
相次いで、次男も得度。
 子供達は、三人とも神仏への
   畏敬の念を持っている。
 

2009.8.26
その後、知人で恩人の坊様と
ご縁の深い寺に詣でた。

そこは龍泉院であった。

ここもまた、癒しの場所であった。

何せ、子供達と一緒で・・、
まるで、若い頃の
あの昔に返ったようだった。
最後に寄った寺の僧が、
家族全員の写真を撮ってくださった。
 感謝。感謝。
 この日は、何十回・・・・、般若心経を
胸中で唱えたことだろうか??
ここの雰囲気と子供達に感謝しながら・・。
思い出の、「親子の高野山詣で」であった。
 もう、あれから2年目になる。
しかし、記念すべき日であった。
 空海と曼陀羅密教について、
興味が在ったから、尚更だ。
龍泉院には、可愛い地蔵があった。

娘に請われて写真を撮った。

そう言えば、娘もいずれ嫁にやらなくっちゃぁ。
帰り道、
山内泰泉導師
('09.7.6没)のご案内を頂いて、
期せずして高野山の裏道から入って、
そのお陰で、
かねて夢に見ていた光景を、肉眼で確かめることができた。

正夢であったことに不思議な
ご縁を感じながら帰った。

ご縁を授けてくれた子どもたちに感謝しながら帰った。
 
 
             
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